第118号(平成15年11月1日)

 ―農家の養蚕事情とそれを支える蚕業技術 ―

(財)大日本蚕糸会・蚕業技術研究所所長  井上 元   


 繭や生糸の輸入によって国内の繭生産は縮小しています。しかし、新たに日本の絹マークが制定されたように、消費者への日本製品のアピールは活発化しています。消費者の皆さんは国産の繭を生産する養蚕農家を訪れる機会はほとんどないと思われますので、簡単に紹介しましよう。

 関東地方の農家は、8万匹程度の蚕を年に3回飼育する規模から30万匹以上の蚕を6回程度飼育する大規模までいろいろあって、夫婦で養蚕を行っている方が多い。訪問すると奥様方の積極的な発言が印象的で、女性はおしなべて元気と表現できます。とくに、繭クラフト工芸の指導者として飛び回りながら、あるいはシルク工房を営みながら、活力ある養蚕を行っている女性の存在は、農業には経営のみならず「楽しさ」の要素が必要と感じます。

 普通、蚕が小さいときは共同飼育所で飼育され、少し大きく成長してから農家に配られます。大規模農家の中には自ら人工の飼料で稚蚕を飼われる方もおり、大量の蚕が繭をつくる時は上簇(じょうぞく)といって、飼育室から上簇室へ蚕を運ぶ作業や、蚕をいれた簇(まぶし)という容器を天井から吊り下げる作業が大変で、夜中の2時、3時までかかったとの話も聞きます。大規模な農家には熟蚕自動収集機が前者の作業軽減に有効です。この機械を導入した農家での作業を、ビデオカメラを定点に設置し作業者の頭の位置の移動で把握すると、省力化に加えて腰をかがめる作業が少なくなっています。蚕が繭を作ると不良な繭はとり除かれ、地区ごとにまとめられて製糸会社に届けられ、そこで繭の乾燥と煮る操作などの行程をへて自動繰糸機で糸が繰られます。機械で繭から糸が繰られるところを見ると、多数の技術の結晶であり昔からの人間の知恵に感動いたします。

 蚕の世界では雄が作る繭糸の方が少々優れているので、昔から雄のみを飼育したいという願望がありました。雌雄を簡易に見分ける技術は、蛹の形態で判別する一般的な方法があります。それに加えて、雌の染色体が性別を決定することを利用して特別な品種を作出し、雌雄を幼虫の斑紋の有無で、あるいは繭の色(白黄)や卵の色(白黒)で識別する方法があります。しかし、実用的に雄のみが分別されて飼育されたことはありません。今、私たちは雄のみがふ化する特殊な卵をつくり、その雄蚕が上質の繭をつくる技術開発に挑戦しています。御木本幸吉翁が自分の真珠で世界の女性の首を飾ると情熱をもって技術開発に取り組まれた話は有名ですが、近い将来、雄がつくる優れた糸で女性の方々を着飾りたいと思っています。

 現在は特徴ある蚕の糸を利用する方向に進んでいて、明治時代に飼育され一度は忘れ去られていた蚕たちの利用も活発化しています。繭糸の表面にあるセリシン蛋白質やその中に含まれるフラボノイドが人の健康によい機能を有していることが判明し、フラボノイドの多い緑黄色繭をつくる品種もいくつか作出されつつあります。このセリシンがついている糸で肌に触れる医療用の衣服をつくることなども考えられています。

 平成15年は10年ぶりの異常冷夏で作物栽培に影響がでています。養蚕でも予期しないことでしたが6月頃には繭の中で死ぬ蚕が目立ちました。日照不足で柔らかい桑葉を食べ過ぎて繭の中で死ぬことになったと研究者は分析していますが、繭の中で蚕が死ぬと糸は汚れ質が低下するので問題です。また、9月には最高が23℃、最低が8℃と一日で15℃も変化するし、最高温度が35℃になる週もあって、変化の激しい環境で農家は飼育せざるを得ませんでした。飼育環境が悪くなっても立派な繭をつくる蚕を育成し農家の努力が無駄にならぬように支えていきます。蚕にも人間と同じくウイルス、細菌、カビなどによる病気があって、とくにウイルス病は大きな被害をもたらします。ウイルスは蚕が繭をつくる場所に蓄積され人が手足に付着して伝播することが分かりました。消石灰を水に溶いてその上澄み液を通り道に散布すると防疫効果が上がり、結果として繭生産量が増加し飼育技術に自信を持ってくるのをみると、農業の基本は豊作であると改めて認識いたします。

 日本で作られた繭から織物ができる過程には、このような養蚕農家の努力があり、それを消費者の方々に見ていただく機会があれば、激励となり、また、技術的に支援する私たちにとっても幸いです。フランスには農家が観光養蚕農園を営んでいて、見学者は自由に蚕飼育をみることができる上に、自らの手で桑を与えることもできると聞いています。日本の養蚕にも顔の見える交流と連携がとれれば素晴らしいことです。


 ― 市田ひろみ民族衣裳コレクション特別展 ―
  世界一周民族衣装の旅
 財団法人シルクセンター国際貿易観光会館 シルク博物館 学芸員  大野 美也子aaaaa


 シルク博物館では、秋の特別展として10月4日から11月3日までの約1ヶ月間「―市田ひろみコレクション―世界の民族衣装展」を開催しました。この展覧会は服飾研究家・女優の市田ひろみさんが1968(昭和43)年から35年の歳月をかけて世界100か国以上の国と地域を自分の足で歩いて目で見て収集した450セットに及ぶ膨大な民族衣装の中から43か国85点を選び、マネキン人形に着装して展示紹介したものです。あわせて市田さんが現地で取材撮影した写真約60点も会場に飾りました。
 展示はアジア・中央アジア・中南米・アフリカ・アラビア半島・ヨーロッパの6地域に分けましたが、
その中から数点を紹介します。

○アジア
 中国清朝の男性貴族の礼服龍袍は絹の綴織で五爪龍が織りこまれています。また、女性の宮廷日常着は青や赤の紋織絹地に金・銀糸や絹の色糸で花や鳥の刺繍がほどこされています。その美しさに「ちっとも汚れていない」というお客様の素直な感想に対して「このクラスの人は掃除・洗濯はしはらへん」との市田さんの言葉に笑いが起こっていました。
○中央アジア
 ウズベキスタンの民族衣装は何となくなつかしく「銘仙に似ている」との声もありましたが、コートや上着は養蚕の盛んなウズベキスタンならではの絹の絣織です。

○中南米
 パナマの「ポイエラ」と呼ばれる衣装は白麻地にアップリケとドロンワークがほどこされ、1年以上の時間をかけて作られ、現在は注文製作になってしまったそうです。取材写真の中にはインカの末裔の首長の写真やグアテマラなど現地で市田さんが民族衣装の着付けを習う様子などもあり興味深いものでした。

○アフリカ
 マサイ族の3枚の布からなる衣装では首にかけたマシパイと呼ばれる円盤形のビーズの首飾りが印象的でした。ケニアの板締め絞りのワンピース、アフリカンドレスには胸に刺繍がほどこされています。

○アラビア半島

 会場内でひときわ目を引いた巨大な「カラカ」と呼ばれるヨルダンの衣装(左の写真
は丈が3メートル20センチもあり、あまりの大きさにディスプレイ用と思われる方もいるほどで、隣には着装した姿が展示されました。身頃はおはしょりのようにブラウジングし、1メートル93センチの長い袖の片方は頭にべ一ルとして、もう一方は腕に巻いて着装します。1960年代に急速に滅びてしまったとのことでした。

○ヨーロッパ
 フランス、ポンラベ地方の衣装は頭に円筒形レースの帽子を被り、黒いビロード地に刺繍がほどこされたボレロとスカートに白い絹サテンのエプロンを着用します。オランダ、フォーレンダムでは民族衣装に木靴(クロンプ)を履くそうですが、「木靴を履いて痛くないか」とたずねたら、反対に「あなたは指と指の間にロープをはさんで痛くないか」と草履を心配されたという市田さんのお話でした。
 会期中は関東地方を中心に山形、仙台、四国、岡山、福岡など全国各地から市田さんの民族衣装コレクションをぜひ見たいという方々でにぎわい、「きもの」を着て来られる方も多く、デザイン関係の方、刺繍に興味のある方、大学や専門学校の学生、お年寄りから小学生まで様々な分野、年代の皆様に来館していただきました。また10月9日と10日には神奈川県民ホールでシルクサミットも開かれ、サミット参加者の見学もありました。

 「滅びゆくものを追いかけて」というタイトルで行われた作品解説は予定日と追加日あわせて延べ25回行われ、民族衣装について様々な取材エピソードや歴史的背景を交えながら、京都弁でにこやかに語りかける市田さんの解説は来館の方々を魅了するものでした。

 ライフワークは「きもの」と「民族衣装」という市田さんが長年その情熱を注いで集めた民族衣装はそれぞれ世界各国、各地域の伝統文化を今日に伝えています。その中には滅びてしまった衣装、現代の環境の中で少しずつ変わっていく衣装もありますが、まずそれらを実際に自分の目で見ることにより他の民族への理解がはじまり、伝統文化を見直すきっかけになると思います。シルク博物館での世界一周民族衣装の旅のひとときは日本の「きもの」への関心を深めていただく絶好の機会となったと考えます。

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