第119号(平成15年12月1日)

   ― 「東京の繭から生まれた」 ―
       第4回 東京シルク展開催

多摩シルクライフ21研究会 小此木 エツ子あああ


 第4回東京シルク展の概要


 第4回東京シルク展は前回と同様に「東京の繭から生まれた」を表題にかかげて、10月17日(金)より19日(日)にかけて、例年通りに東京上野広小路のセイコきもの美術館&鈴乃屋ホールで開催した。 セイコきもの美術館では和・洋装品の展示を鈴乃屋ホールでは和・洋装品の展示販売をはじめ、実演、トークセッションを行ない、お陰様でご来場の皆様各位からご好評をいただき、売上も予想をはるかに上回る実績を上げて、幕を閉じた。

 展示販売した和・洋装品は、私どもの研究会が二年がかりで作り上げたまさに東京の繭から作り上げた逸品ばかりであり、ご来場者に充分ご満足していただけたのではないかと思う。

 実演は、従来のように真綿づくりや糸を繰る、紡ぐなどの糸づくりを希望する方々に体験していただく他に、組む、編むの実演に加えて、一般には通常目に触れることのない月明織の整経、織りなども解説を交えながら行った。

 展示は、東京ブランドシルク事業部、生涯学習部による活動を写真や蚕品種別生糸や練糸、真綿、真綿製品など、盛り沢山の実物展示で行い、加工開発部門では、合成灰汁精練等の新技術が多くのご来場者の関心を集め、同精練剤の売上も好調であった。展示販売では、従来のように伝統工芸にもとづく和装部門の他に洋装品にも力を入れた結果、ユニークな作品や小物が出展され好評を博した。

 その他、独立行政法人農業生物資源研究所による新開発糸フラット・ファット・シルク、ハイバルク・シルクを用いた作品も目を惹いていた。

 また、今回のシルク展では、特別企画として次のようなトークセッションも行った。
第1日目 伝統工芸士 多摩織 中山壽次郎氏と染織作家 山村多栄子氏との対談と「縞と間裂」の実演。
第2日目 きもの美術館館長 舟迫正氏によるVTRを用いての「小袖の歴史と模様」をテーマとするくわしい解説と染織作家 矢村璋子氏による「小袖を楽しむ」をテーマとするお話とミニファッションショー。
第3日目 月明塾主宰 山崎桃麿氏による「山崎桃麿が語る草木染」と題するお話。

 上記のいずれのテーマも古くて新しいテーマで「縞と間裂」は、宮内庁正倉院事務所職員の方も沖縄で発掘された古代裂の格子縞の再現に現在取り組んでおられるとかで、今回、特にご来場の上見学された。

 「小袖」のトークセッションは、きもの美術館長舟迫正氏によって、先ず、時代にともなって変遷する「小袖の歴史」についてVTRを用いてくわしい解説があり、続いて矢村璋子氏の織りによる小袖11点がミニファッションショーによって発表された。 ショーは、着用される方々の個性に合わせて着付けも行われたので、小袖が生き生きとしていて誠に楽しいショーとなりご来場者を喜ばせた。

 草木染は、染織に携わる方々にとっては永遠のテーマといえる題材であるが、今回は草木染の権威山崎桃麿先生により「染材と草木染」という基本的なことについて「技と心」の両面から切々と語られたのでご来場者も大変熱心に聴講された。

第4回東京シルク展を終えて

 二年に一度開催する「東京シルク展」ではありますが、この度も、蚕糸・絹関係の各協会並びに研究機関、業界の皆様方を始め、染織作家や一般市民の皆様等々、実に多彩な皆様方にご来場いただき、ご好評やら励ましのお言葉をいただきましたことに対し、この紙面をお借りして心より厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。

 ところで最後に付け加えさせていただきますが、日本の蚕糸技術移転が進み、中国やブラジルなどから安価でしかも優良な生糸が大量に輸入されるようになって、日本の蚕糸業はますます厳しい状況に置かれています。しかし、私ども研究会では、あくまでも国内での蚕糸・絹づくりを重視して現在に至っています。その理由は、日本の風土に根ざす文化を重視するという発足以来の一貫した姿勢によるものですが、もう一つの理由は、作られる製品に向けて、蚕品種の改良を含め素材から組み立てていく一連の技術の中に、計り知れない程の独創性や創造力を育てる土壌があるからです。

 もし、このような豊かな土壌が無くなれば、それぞれの国の独自の文化は生まれて来ないでしょうし、また、これからの新しい時代のシルク産業を担う有能なテキスタイルデザイナーを育てていくことも出来ないのではないでしょうか。ましてや、日本の蚕糸科学技術と蚕糸業は、世界に誇れる伝統産業を支えるものでもありますから、これからも大切に育てていきたいものです。

 蚕糸・絹関係各位のますますの奮起とご健闘を心よりお祈り致しますとともに、当研究会に対するなお一層のご指導とご支援をお願いしてこの稿を結びます。


 「2003伝統工芸ふれ合い広場・富山」の開催
 駒沢女子短期大学 元講師  水出 通男aaaaa

 わが国の伝統的工芸品産業の振興を図るため、11月を伝統的工芸品月間と定めて、(財)伝統的工芸品産業振興協会が毎年1回、この時期に場所を変えて開催してきている「伝統工芸ふれ合い広場」が、去る11月6〜9日に富山県高岡市の高岡テクノドームの特設会場で開催されました。この催しに合わせて全国伝統工芸士大会と「いきいき富山伝統工芸品フェア」などの開催もあり、会期中は終日多勢の参観者で賑わいました。

 現在、「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」に基づいて国が指定している伝統的工芸品は192品目に達しておりますが、その中で、絹を主な素材とする伝統的工芸品は織物分野で結城紬・西陣織など22品目、染色品分野で京友禅・東京染小紋など12品目、組紐・刺繍分野で京組紐・京繍など4品目、合わせて38品目が指定を受けており、ほかに諸工芸分野でも絹糸または絹織物を使用している仏具・人形・提灯など5品目があり、それらを加えるとその数は全体の2割を超え、絹織物や絹糸を使用している製品はわが国の代表的な伝統的工芸品であるといえましょう。

 そのため、今年も数千平米に及ぶ広い会場の中央部分に置賜紬(山形県)から首里織・琉球びんがた(沖縄県)まで全国38産地の絢爛豪華な絹製品数百点が展示され、「織の広場」「染の広場」では伝統工芸士による結城紬や西陣のつづれ織、組紐作り、本場大島の泥染め、藍染め、東京手描き友禅の挿し彩色などの製作実演が行われました。

 このようなわが国の代表的な伝統的工芸品である絹製品を見たとき、参観者達はその優雅な美しさに見惚れても、残念ながら「高価である」、「扱い難い」、「着る機会がない」という先入観が先立ち、絹の優雅な美しさが何によるものか、どのような性能を持っているか、原糸である絹糸がどのように作られたものであるかなどを知るものは年々少なくなってきております。

 そのため当協会(ジャパンシルクセンター)は毎回協賛団体として特別にこの催しに参加し、わが国蚕糸・絹業の紹介と国産絹製品の宣伝に努めて来ておりますが、今年も「織の広場」「染の広場」の中央部分に設けられた「繭から生糸まで」のブースで小型の繰糸機と座繰り器による繰糸の実演を通じて養蚕・製糸技術の現状から絹の性能、用途などについて説明するとともに、各種のパンフレットを配布するなどしてわが国蚕糸・絹業の宣伝に努めました。

 もともと富山県は蚕糸・絹業の希薄県で、八尾地方で養蚕が戦後も暫く細々と続けられてきましたが、繭生産は昭和40年前後の22トンをピークに以後は年々減少してきており、現在は皆無の状態にあります。

 また製糸工場も昭和28年に富山県蚕糸製造鰍ェ廃業して以来、生糸の生産は全く行われておりません。

 特に開催地の高岡市は古くからの銅器の町で、一般に蚕糸業や絹織物に対する関心は薄いように思われました。そのため、参観者の中には農村出身の高齢者を除いて繭や繰糸を初めて見る人が多く、繰糸実演で繭糸が途中で切れることなく秩序正しく解れ出す様子を見て、一様に蚕が作った繭の神秘性に驚嘆の声をあげておりました。そして、細くて強い繭糸が数10本合わさって絹織物やニットの原糸となることを説明することにより、優雅な絹織物の優れた性能を改めて理解して貰えたように思いました。

 一方、婦人層では、過日テレビで放送された、繭層の煮沸液を用いた化粧水についての関心が極めて高く、その効果や繭の入手方法などについての質問や相談を多く受けました。

 北陸地方は多湿条件を活かして各地に絹産地が形成されてきており、伝統的工芸品に指定されている著名な産地が数多くありますが、なぜか富山県内には指定産地は無く、城端地区に、嘗て江戸時代に加賀絹の名で知られた絹織物の生産が続けられているものの、近年は合成繊維を使ったトリコットなどが多くなってきているようです。

 そのため最近、城端町では城端織物会館に「じょうはな織館」を開設し、足踏み式手織り機(高機)による絹織物の体験コースなどを通じて絹の染織技術の伝承に努めており、また、自ら養蚕を試みている絹織物業者もあって、それぞれの関係者から蚕の人工飼料育や座繰り繰糸法などについて質問を受け、種々意見交換ができたことは有意義であり、心強くも感じました。

 なお、来年度の「伝統工芸ふれ合い広場」は福島県会津若松市での開催が予定されております。周辺は古くから蚕糸・絹業の盛んな土地柄でもあり、読者各位の多数のご来場を期待しております。

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