第122号(平成16年3月1日)

04年春夏東京コレクション・リポート
シルクの重要性増す結果に
大人っぽく進化する東コレブランド

日本繊維新聞社  市 川 重人あああ


 04年春夏東京コレクションは、従来よりもターゲット年代を上げた提案が目立っています。各ブランドのコレクション自体が“大人っぽく”なっているほか、ショーの体数を絞りこんだデザイナーも多い。しかし、オリジナリティーを貫いたデザイナーが充実したコレクションを披露し、東コレの停滞を救っています。

 年代ターゲットを上げた背景には、デザイナーを取り巻く厳しい環境に変化がないことが挙げられます。ヤング層に強みをみせていたブランドは、比較的クセのあるディテールで独自性を加え、ヤングの支持を集めてきた背景があります。しかし、アパレル企業も競合してヤングターゲットのブランドが増加、さらにこの不況下で売り上げ確保が難しく、安定したビジネスを行うためには年代を上げた提案が不可欠になっているのです。

 その影響が東京コレクションにも出始め、ジャーナリストに訴求する服が少なく、一方でバイヤーに向けたベーシックな服が多くなっています。ショーに出てくる体数も先シーズンより少ないのが現状です。

 なかでも気を吐いたのが、オリジナリティーを貫いているデザイナーたち。ドレスキャンプ(岩谷俊和)は、多彩なオリジナルプリントでダイナミックなショーを行い、停滞傾向の東コレに旋風を巻き起こしています。豪華なマルチボーダードレス、シノワズリのフラワードレス、メタルやフリンジ使いで官能的なラインを発表。大胆なプリントのミックス感、セクシーな仕様は、現在の東コレではなかなか見られないものです。

 ホンマ(本間遊)は、ブランドポリシーを守ったコレクションが印象に残ります。あえてワンピースをショーの主題に据え、自身のテクニックやオリジナリティーを訴求していました。ネオンカラーのベルベットワンピースや黒の静寂なワンピースなど、1アイテムで勝負し、まるで自分を追い込んでいるようでした。

 ここ数シーズンで、東コレを代表するブランドへ成長したフラボア(宇津木えり)は、特徴をいかんなく発揮したコレクション。「脱力系」と称されるサルエルデニムやロングカーディガンなど、ゆったりシルエットのアイテムもすっかり認知されました。「作りたいものを作った」とするデザイナーのスタンスも、気をてらわず、ナチュラルな雰囲気になっています。

 実力がありながらも、4シーズン東コレを休止していたナショナルスタンダード(若林ケイジ)は、充実したコレクションを披露しました。より服をじっくり見せようとしている印象で「近未来から見た現代の服」というテーマを、巧みにアイテム化。現代を代表するディテールや手仕事といったファクターを服に反映し、未来に残す貴重な手仕事のディテールをアピールしている。

 ここに挙げたブランドは、いずれもクオリティーが高く、東コレでは1歩抜けた存在。また、海外市場においてクリエーションが通用するブランドでもある。既に日本にとどまらず、国際性を意識した戦略を執り、ニューヨーク・コートリー展に出展した「ホンマ」「フラボア」は、実績を作りつつある。

 素材では、ブランドが大人っぽくなった象徴としてシルク混紡、シルクコーティングを施したアイテムが増えています。光沢感や高級感を訴求するのにシルク系の素材は最適と言えるでしょう。ただ、海外から大量流入されたシルク素材と違い、より付加価値をつけた高級シルクの需要が求められている。東コレのデザイナーたちは、オンリーワンを目指していると言えるでしょう。


  JICAインドの養蚕を変える!
   東京農工大学大学院教授  濱 野 國 勝あああ

 昨年約2ヶ月インド・カルナタカ州で養蚕振興のお手伝いをし、独立行政法人国際協力機構(JICA)の努力が思わぬところで実を結んでいる現状を直接眼にすることができました。その印象をご披露しましょう。なお、ここでお話するのはすべて間接的な波及効果で、JICAが直接指導した農家は含まれていないことをまず申し上げておかなければなりません。直接JICAの指導を受けている農家は2化性養蚕に特化しており着々と実績をあげています。

 JICAの誇る我が2化性養蚕普及プロジェクトはすでに第3フェースに入っており、熱帯インドの地に2化性品種を持ち込んで悪戦苦闘すること10年に及んでいます。

 ここインドは現在世界第二位の絹大国です。カルナタカ、アンドラ・プラデシュ、タミル・ナドの南部3州がインド繭生産の90%以上を担っています。2001年ごろからJICA指導による技術の波及効果が顕在化しここインドの養蚕が変わり始めたのです。

 では、今日のインドにおける新旧の養蚕事情をご紹介しながらJICA技術普及の現状を御報告しましょう。先ずは桑畑、在来の畑はココナッツなどの下植えです。まるで菜っ葉といっしょで隙間なしに植えられています。日照も足りなければ肥料なんてやらない。天水依存のrain fed cropと呼ばれる放ったらかし系の作物に分類されます。高さも1m未満、割り箸みたいな細い枝条にせいぜい紫蘇の葉大の薄っぺらな葉っぱがチョロチョロとついている情け無い桑です。ですから日本の実用種では栄養不足になってしまいます。

 ところが今では株間畝間をきっちりとって日本と変わらぬ厚手のでかい葉っぱがついた立派な桑畑がそこここに作られています。ここカルナタカは南国熱帯の地、真冬12月でさえ日中30℃。水さえあれば年中桑は育ちますが10月から翌3月は乾季で雨が降りませんから葉っぱはカサカサでカイコは飼えません。しかし灌漑さえすれば桑はどんどん伸びて茂ります。条桑収穫しても約70日あれば桑は十分のびて次のカイコが飼えます。

 バンガロール郊外にあった先進農家の桑畑では、畝間を広くとった本畑に株間4〜5cmで隙間無く挿し木していました。これはJICA様式の応用で苗圃を兼ねています。造成後たった4ヶ月で1回目の摘桑です。密植のおかげで1回目から完成桑園と同じ量のカイコが飼えます。最初の摘桑後間引きして株間を広げます。間引いた苗は捨てずにそのまま次の畑に植えてしまいます。ちなみにその畑にはバンガロール市内からの河川水で灌漑されていました。真っ黒に濁り魚一匹住めない都市排水は有機物豊富でそのまま十分肥料になるそうですが重金属などの汚染はどうかわかりません。とはいえ究極の持続可能な農業と言えます。

 次はカイコ、従来は南京豆大の黄繭種多化性ピュア・マイソールのメス蛾に白繭の2化性種NB4D2のオス蛾を交配したF1でCBと呼ばれるものが主力でした。ところがCBはここ2・3年で全く駆逐され、繭市場の90%以上がコラールゴールド(KG)という品種で占められています。KGの母蛾は同じピュア・マイソールですが父親はJICAが開発した二化性の新品種CSR2です。生産性もCBより高く、繭も大きくなりました。繭価格もCBの2倍近い130〜40ルピー/kgという高値で取引されています。なお、1ルピー約2.4円ですから300〜350円になります。

 KGの収量は100蛾あたり75〜85kg、時には90kgにもなります。このあたりの養蚕農家は平均1エーカー程度の桑園を持っていますが0.75エーカーあれば一家でKGを1度に250蛾飼育できますから1蚕期で25000ルピーも稼げます。桑園を3倍の2.25エーカー(約91アール)にして3分の1ずつ使い、残りは2蚕期休ませれば毎月1回で年12回カイコが飼えます。年収30万ルピーという夢のような数字が現実になりました。

 次に飼育法を見ることにしましょう。従来は農家の一室、丸い竹の蚕箔を使った全葉の棚飼いです。ご丁寧にもこの蚕箔に牛糞を塗りこんだ上でカイコを飼います。そんな不潔な!と考えるのは不信心異教徒日本人です。聖なるお牛様のお恵み下された御糞で清めるのです。

 とは言うもののヒンドゥーも仏も基督も公衆衛生は皆同じ、黴菌君にお宗旨はありません。ですから膿病など蚕病が多発し、生産性は低いが抵抗性の高い多化性しか飼えません。

 牛糞なんぞ塗らずに新聞紙でも敷けばいいだろうと考えるのはこれまた不信心異教徒日本人。誰でも字が読めると思うのは日本人の偏見です。農家は新聞なんて読みませんし、街に行って買わなければ新聞ななどありません。一方神聖なる御牛様の御糞はただ。そのうえ神のご加護さえ約束されるはず。現世の悪行が凝縮されている新聞紙よりヒンドゥーの神様が恩寵垂れ賜う牛糞の方が遥かに良いと敬虔なヒンドゥー農民は考えます。宗教に根ざした牛糞使用の伝統を断ち切るのは非常に困難な事業です。ところが御牛様の糞から縁が切れた農家が増えています。数千年培われた宗教的伝統を変えたのはすべてJICAの功績といって過言ではありません。

 JICAは牛糞を厳禁して徹底した消毒を指導し、独立した蚕室と稚蚕期の棚飼い、壮蚕期の条桑育を普及させています。先進的農家の多くはJICA仕様の換気窓と寄生蝿予防のネットを備えた立派な蚕室を建てました。それも稚蚕、壮蚕の飼育室を分離して一方で飼育している時に他方は晒粉と消石灰をたっぷり使ってしっかり消毒するようになってます。ですから年12回も飼育できるのです。もちろん、牛糞は絶対使いません。

 ここマイソールでは月6,000ルピーもあれば街の中心に石造り200平米以上の家を借りてメイドさんを雇って一家4人でおつりが来るそうです。JICAとカイコがそれをはるかに越える収入をもたらしました。収入が倍増した農家さえあります。

 ここではJICAの指導を直接受けていない農家がJICAの波及効果により大変身した話を取り上げました。日本が育んできた養蚕技術がインドの大地に根付き、花開きつつある一端をご紹介した次第です。