第123号(平成16年4月1日)

 カジュアル、タウンウェアとして定着を図るシルク業界
 新たな市場に広がるシルク

ファッションジャーナリスト 鮎 川 耕 太あああ


 シルク素材が洋装の分野で拡大している。世界的なトレンドの流れ、健康への関心も手伝って「シルクはフォーマル」というイメージを脱却して、限りなく婦人の日常着(タウンウェア)の世界に定着し始めようとしている。

 この数年、シルクは和柄ブームにのって、ハワイアンシャツや婦人のノースリーブシャツなどのアイテムに限定されながらも紳士から婦人までヤングやミセスを問わず、広がりをみせている。明治、大正の時代から現代まで和装用に培われた友禅やジャガード、手描きの意匠モチーフがプリントに置き換えられてかつてなくもてはやされている。

  これまで和装しか手掛けていなかった捺染工場や整理加工場、問屋が自ら和柄シャツのブランドを立ち上げるケースが相次ぎ、百貨店、専門店を問わず、各社予想以上の売れ行きをみせている。和装分野、言い換えればシルクという世界が作り上げてきた財産がこれほど注目されていることも近年少ない。そして事実、素材もレーヨンや綿だけでなくシルクが大きな役割を果たしている。

 こうした流れと平行して、和装の延長線上から離れた新しいシルク市場が一方で注目されている。世界的にソフトさや高級感、光沢感が婦人服素材のトレンドとして浮上する中、シルクはそれらをすべて包括する繊維として高い関心を集めている。しかもシルクが優良なタンパク質で構成され、保湿性をもち、抗菌、防臭効果もあり、紫外線をもカットするという、本来もっている機能が健康に関心を寄せる市場の拡大という背景にもサポートされてきている。

 先鞭をつけたのは京都スコープ。京都スコープは京都の服地卸が11社集まって、年2回春夏、秋冬の素材を開発展示、アパレルメーカーと商談を進める展示会。既に27年を経過、早々の頃には国内ファッション産業のリード役を果たした。そのコアのブースがほぼ10年前から展開している素材開発空間(ゼロ=次回からエッジに名称変更)。

 ゼロは京都から世界に発信できる開発素材をめざして設立されたプロジェクトで、埋もれている国内産地の職人技術を掘り起こしながら、ハイテク技術を結びつけるとともに、産地間の融合を推進、原料、原糸から関与したオリジナル素材の開発を手掛け、服地卸の一つの方向性を指し示してきた。毎回約30素材ほどが開発されてきたが、この数年、開発の柱に位置づけてきた繊維のひとつがシルク。

 丹後や米沢、西陣、福井などの産地とも連携。縒りをかけない軽くて光沢に優れた太番手の無撚シルクや水溶性ビニロンを用いて開発した解撚シルク糸、とうもろこしを原料にしたポリ乳酸繊維との複合シルク糸など新しい糸を開発するとともに、織りやジャージー、加工をからませてシルクの可能性を多彩に提案、新鮮さをアピールするとともに、多方面に影響を与えてきた。次の京都スコープ(2005年春夏、第55回)でもシルクはひとつの柱素材を形成する。

 こうした取り組みもあってシルクは着実に婦人服市場で拡大している。ヤングやキャリア市場を中心としたSPAと言われる大型ブランドやデザイナーブランドにおいても他繊維との複合がベースとはいえ、バイオ洗いやプリント、しわ、塩縮などの後加工も加えて、よりカジュアルな表情をもったシルク素材が躍進している。

 シルク市場の拡大にともなってよりシルクをタウン市場へという開発も相次ぎ、注目されている。京都の染色会社では今回、家庭用洗濯機で洗えて、スレも起きにくいというウォッシャブル加工を開発、受注を開始した。従来からシルクに対応したウォッシャブルシルクは開発されてきたが、その多くが樹脂系溶剤のコーティングに依拠してきた。今回の加工は環境や体に悪影響を与えない薬剤を用いてシルクを改質、シルクの良さをそのまま残しながら、新たな機能を付加する。既にアパレルや服地卸から大きな反響を得ているという。

 またある商事会社ではシルクストレッチを開発、展開している。シルクの繰糸機の下部にスパンデックス(ストレッチ)糸をひく装置をとりつけ、同時に繰糸する。芯をスパンデックス、その周りをシルクが囲む新しいストレッチコアヤーンだ。国内の製糸工場、オペロンテックスと共同で開発した糸で、昨年から市場で本格的に注目され、今年は糸で10トン以上の販売を見込んでいる。別のレースの会社ではチュールレースにシルクを用いて、ストレッチレースも開発、「従来のレースから比べるとかなり高価だが、予想以上の反響で完売ペースで進んでいる」という。

 もちろん海外産地との競合も激しくなってきているが、京都、富士吉田、米沢、桐生などシルクを得意としてきた産地に再びスポットがあたりつつある。発想を変えた新しいシルク商品の開発が着実に進んでいる。安価で同質化した中国商品とはひと味違ったシルク市場の確率のために、国内のシルクの意匠や技術が大きな貢献を果たしそうだ。

 来年からはシルクのクォーター制が廃止され、中国から自由にシルクが持ち込まれる。それだけに今、時代を担えるシルクの開発が避けて通れない。しばらくはシルクから目が離せない。


  Silk guide book(シルクの手引書)の刊行(1)

時代に対応したシルクガイドブック
   駒沢女子短期大学 元講師  水 出 通 男あああ
 社団法人日本絹業協会(ジャパンシルクセンター)から「Silk guide book ― シルクの手引書 ―」改訂版が刊行されました。

 シルクは着姿の美しさと着心地の良さとから最高の衣料素材として、古くからフォーマルウェアの分野を中心に絶えることなく世界中の人々に愛用されてきましたが、近年の科学技術の進歩により、絹たんぱく質の機能の解析とその利用技術の開発が進んで、ひとの健康にも優れた効果を持つことが明らかにされつつあり、従来のフォーマルウェアのほか肌着類や寝具などを含むカジュアル用品、インテリア用品、化粧品、健康補助食品など幅広い分野に用途をひろげております。

 そのため、シルクは「古くから人の身体を美しく装ってきた由緒ある最高の衣料素材であるというだけでなく、現代にマッチした新しい生活素材である」ということができると思います。

 (社)日本絹業協会・ジャパンシルクセンター(以下協会と略します)では、シルクの流通に携わる方々にシルクに対する理解と知識を深めていただくために、1989年に「Silk guide book ― シルクの販促のために ―」を刊行し、広く関係者に配布しました。

 その後新しい情報を加えた改訂版「実務者のための―Silk guide book―」を1994年に、「実務者のためのシルクの手引書―Silk guide book―」を1999年に刊行し、シルクの需要増進に役立ててきましたが、この度、近年のシルク素材の需給関係と上述のような消費動向の変化に応じて内容を大幅に変更することとし、シルクの歴史とシルクの生い立ち、シルクの特性と扱い方などに重点をおいた「Silk guide book ― シルクの手引書 ―」の刊行に至ったものです。

 協会では、この冊子をご覧頂くことにより、これからシルク製品を取り扱うおうと考えていらっしゃる方々のみならず、一般消費者の方々にもシルクについての理解が一層深まって、日常生活の中でもシルクとの付き合いを楽しんでいただくことができ、今後の日本のシルクの消費拡大に役立つことを期待しております。

 この改訂版の編集委員として、その概要等について解説したいと思います。
「Silk guide book ― シルクの手引書 ―」の概要

 この冊子は、1,シルクの歴史と需給の動向、2,シルク素材の種類、3,シルクの生い立ち、4,シルク製品、5,シルクの改質、6,シルクの特性、7,シルクとのつきあい方、8,これからのシルク、で構成されています。(前記数字の本文はアラビア文字ですが、web上は算用数字を用いています)

 1、シルクの歴史と需給の動向

 蚕の起源については諸説ありますが、中国で衣料素材としてシルクの利用が始まったとするのが定説で、7千年前に遡るともいわれております。そのため中国にはこのことにかかわる伝説や神話が多く伝えられていますが、ここで信州大学の嶋崎名誉教授からご提供いただいた「蚕神」の画を紹介しております。

 これはある高官の娘と牡馬との悲恋の物語で、殺された馬の皮に包まれた娘が蚕となって立派な繭を作ったという話です。この繭の糸が解れ易く量も多かったため、その蚕種が広まって後の養蚕の基になったというもので、 現在も中国の江南地方では毎年この画を門に飾って繭の豊作を祈念していると嶋崎先生は「絹の文化誌」(篠原・白両氏との共著)で述べられておられます。

 永く中国の特産品であったシルクが世界各地に伝わった経緯についても諸説ありますが、ここではその一つ、中国の王侯貴族が好んだ西域特産の玉(ぎょく)と交換したシルクが更に西に伝わり、後の中近東・欧州との交易路「シルクロード」に発展したとする考えを紹介しております。その後、東洋から欧州に広まった蚕糸・絹業は戦争や経済の好不況の影響を受け、特に20世紀に入ってから化学繊維の登場により一時的に大きな打撃を受けるなど衰退と復興を繰り返してきましたが、未だシルクの特性を凌駕する繊維素材は出現しておらず、依然として最高の衣料素材として世界中の人々に愛用されております。

 一方、わが国の蚕糸業は明治初期以降世界最大の生糸供給国として繁栄してきましたが、近年、国内の産業構造の変化により蚕糸業は後退を余儀なくされてきました。需給関係の変動が激しいため、本誌ではその統計値は省略しましたが、シルクが日本人の感性に合致した衣料素材であるため、依然としてシルクの需要は旺盛であり、全世界の生糸生産量のほぼ1/4を消費しています。

 (以下次号)


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