絹だより
第211号 〈平成23年10月1日〉

発行:社団法人日本絹業協会・ジャパンシルクセンター
ホームページ http://www.silk-center.or.jp/
「女心にフィットする純国産絹の輝き」
美しいキモノ」副編集長 富澤輝実子


 ときどきお稽古仲間と銀座や日本橋に出て小さな物を買います。仕事柄呉服売り場は気になりますから、デパートの呉服売り場にあちこち立ち寄り、呉服店はウインドーショッピングをしながら、たまに店内に入ります。ある呉服店は出掛けるたびに立ち寄りたくなると友人が言います。店内にはきれいにきものや帯がディスプレイされており、ひときわ光を発散しているように見えると友人は不思議がって尋ねます。私はちょっと自慢げに答えます。「それはね、きものの生地が普通の物とは違うのね。特別な繭から繰り出した貴重な絹糸を用いているわけ。通常よりうんとゆっくり糸を引き出すため、絹糸がぴんと伸びきることなくゆったりとした糸質なのよ。そして糸そのものの光沢が抜群にきれいなの」。友人は「そうね、あの白地のきものは真珠みたいね」などと女らしい表現をしています。

 そのとき、私は「多摩シルク21研究会」の作品展を頭の中に思い描いていました。会場に入ってまず、作品のつややかさに心を打たれました。実は会場は少し暗かったのです。植物染の持ち味を損なわないための心遣いだったのでしょう。暗い中で作品が輝く理由がそのときは分からなかったのですが、研究会をお訪ねしたときにはっきりと分かりました。特殊蚕種の養蚕をお願いしているという農家では、まるで生まれたての赤ちゃんを育てるように繊細に優しく蚕を育んでいました。そして純国産の特別な繭からゆっくりと座繰りで糸を引き出し、撚糸も精練も機織りもすべて国内で丁寧な手作業でなされたうえの、本物の証といえる輝きだったのです。

 また、宮崎で養蚕から始めて、繭を生繰りで糸にし、天然藍で糸を染め、手機にかけて織り上げる秋山眞和氏の織物作品からも、香気豊かな輝きが発散されています。

 したたるほどの緑にきれいな水と空気に恵まれた日本の国土でなされてきた養蚕という尊い仕事。「蚕という虫は鳴きもせず、刺しもせず、噛みつきもせずにおとなしく桑を食べて大きくなり、もう充分食べきると絹を口からはき出して姿を変える、およそこの世のものとは思えない高貴な虫」とは、蚕業技術研究所の井上元所長の言葉です。なにごとにも几帳面な仕事ぶりを発揮する日本人の国民性が生かされて、諸外国のどこよりも優れた品質の生糸を生産し、ことに明治政府の殖産興業政策の柱となって日本の近代化に多大な貢献をしてきた製糸業への思いは、日本人が決して忘れることのできない、いわば恩人への感謝とともにありたいものです。

 口に入れる物はどなたも国産か否かを気に掛けて購入するようになりました。以前は無頓着に買い物籠に入れていたものですが、現在では、食品に貼ってあるラベルの記載事項をじっくり読んでいる光景によく出会います。新鮮か否かはもちろんですが、どこでどのようにして作られたものかを確認して、購入の目安としているのです。食品だけでなく、直接肌に触れる衣類もそうなることでしょう。ことに日本人が日本人として生きるときに手放すことのできない「きもの」には、日本の絹がふさわしいことは内心どなたも分かっていることだと思います。

 この「絹だより」に掲載されている「純国産絹マーク」の使用許諾通知を見ていますと、大規模なきものメーカーのほかに染織作家やこだわりを持つ特徴ある製品作りで知られる工房などの名前が目立ちます。それまで使っていた絹糸とは違う、さらに特別な地風や着心地を追求しているのでしょう。ことに工芸作家の諸先生や、他との差別化が必要な専門呉服店では、さらに地風や着心地にこだわった糸選びが必要になってくるでしょう。でも心配ありません。それにこたえられる力量が日本の蚕糸業界には備わっています。

 日本には「原々種」とよばれるおおもとの蚕の種が世界一揃っており、静かに種の保存がなされていると聞いています。ですから、昔ながらの蚕品種の糸を作ることもできますし、さらに、どこにもない新しい生地質の作品を作る場合には、その希望にそった新品種の蚕を新たに作ることができるのです。その一つがよく知られている「プラチナボーイ」ですし、「松岡姫」「新小石丸」も優れた特性がきもの愛好家に広く愛されています。さらに新しく生まれる作品に出会うことが楽しみです。

 

シルクわた“シルクフィル”の開発

日本経済新聞社「技術トレンド調査」で上位にランク付け[2]
前農業生物資源研究所生活資材開発ユニット(現市立岡谷蚕糸博物館)
                           高林千幸
丸三綿業株式会社 富澤 順
(前号からのつづき)

2.シルクフィルの物理的特性
 わたの物理的特性について調査した結果を図1(図1-1〜図1-4)に示します。まず、布団として必要な要素として嵩高さについて測定しました。その結果、シルクフィルはポリエステルに次いで嵩高性があり、真綿、シルクウェーブと比較しても嵩高いことがわかりました。重量感については、シルクフィルは真綿と同様に供試したわたの中で最も軽く、次いでシルクウェーブの順となっています。一番重く感じられるのは羊毛で、次いで綿の順となり、羊毛や綿の布団を使用して、重く感じられる経験と一致しています。


図1-1
図1-2
     
図1-3
図1-4


 次に、KESシステム(川端季雄博士設計風合い計測技術)により圧縮剛さ(圧縮に対する抵抗性)を測定したところ、シルクフィルはシルクウェーブに次いで高い値を示しました。同じシルク素材でも真綿は一番低い値を示しましたが、これはシルクフィルの場合、フィブロインフィラメントが3次元的な集合体となっているのに対し、真綿は布団わたとする際に真綿を一枚一枚広げて重ねたもので、その構造的な違いがその結果に表れたものと思われます。同じくKESにより圧縮回復率について測定したところ、シルクフィルはシルクウェーブと同様に圧縮回復性が良く、シルク素材の中で真綿はそれらに比べて低い値を示しました。

 このように、シルクフィルの物理的特性としては、嵩高く、軽く感じられ、圧縮抵抗があるとともに圧縮回復性が良いという結果が得られました。.以上の物理的特性試験の他にモニターによるシルクフィル布団の着用試験を行った結果、@体にフィットし熱が逃げずに温かい、A軽い、B布団が柔らかく側地を通してもシルクのしなやかさが伝わってくる、などの評価を得られました。

 シルクフィルは長繊維のため、布団にした場合に真綿のように布団の表面から繊維が出てくることがなく、ふくらみがあり、圧縮回復性や水洗い後の回復性も真綿布団より優れています。また、7〜8ミクロンのフィブロイン繊維が重なり合っているため、薄くても保温性が良いものと思われます。

3. シルクフィルの適用分野と販売

 シルクフィルは寝具製品(上掛け、ベッドパット、枕、ベビー用布団等)としての利用はもちろんのこと(写真3)、衣料用中わた(ジャンパー、コート、防寒用下着、スポーツ製品)や襟巻き、膝掛け、手袋等への応用が期待されています。現在、寝具類が中心ですが、その販売は、デパート(写真4)、ベッドメーカー等で販売するとともに、通信販売でも行っています。
写真3 ベット用シルクフィル布団一式
(左の側地:シルク、右の側地:高級綿)
写真4 デパートでの販売



4.日本経済新聞社による絹のわた(シルクフィル)の「技術トレンド調査」発表

 日本経済新聞社は、主な技術開発成果を評価する「技術トレンド調査」結果を発表しました。これは大学や企業など国内の研究機関が2011年3月〜5月に公表した主な技術開発成果(対象34件)を日本経済新聞社が組織した外部の専門家と科学技術振興機構の技術移転プランナーが評価したものです。指標は、@実用性、A市場性、B新規性、C学術性、D話題性の5項目で、項目毎に評価の高い順に3,2,1点と採点し、平均点を算出し、各平均点を合計して順位を決めるというものです。

 2011年7月25日の記事では、@〜Dの全項目についてまとめた結果を発表しました。表1にはその記事を、表2にはその記事で示された技術トレンド調査総合1〜10位を示します。その中で「絹のわた」は総合第4位にランク付けされました。5位、7位のiPS細胞の研究開発成果を上回る評価でした。

 記事は、「塗れるトランジスタ首位」、「農業関連、実用性高く上位」との見出しで、その内容は以下の通りです。『トップは印刷可能な有機材料によるトランジスタを開発した大阪大学と広島大学などの成果で、大画面テレビなどを安価にする基盤技術になると評価された。ジャガイモの害虫駆除技術や絹のわたの安価な製法など、実用性の高い農業関連の成果もランキング上位に食い込んだ。
  (中略)今回の調査では、ランキング上位に農業関連の成果が目立った。代表は谷野圭持・北海道大学教授らが合成したジャガイモの害虫のふ化を促す物質で2位に入った。
  (中略)4位に入った農業生物資源研究所と丸三綿業(群馬県高崎市)が共同開発した絹のわたの製法も、実用性の高い成果と評価された。これまで手作業に頼っていたが、機械化し、さらにわたのかさ高感を増した。最先端の科学技術は駆使していないが、絹のわた作りの課題を明確にして解決した。製造コストは従来の3分の2から半分程度にできる見通しという。農業にバイオやエレクトロニクス、ロボットなどの先端技術を生かす研究は一時ブームになったが、目立った成果は乏しく下火になっている。しかし、食料確保や市民の安全に直結するこの分野の研究の活性化は、日本を元気にするかもしれない。』

 さらに翌7月26日の記事では、上記5項目の内、@実用性+A市場性+B新規性の3項目で評価した結果を掲載しましたが、「絹わた」については、省エネ関連で注目度の高い住友電気工業のナトリウムイオン蓄電池、東芝の無線通信用の大規模集積回路(LSI)、明るさを4割増した発行ダイオード(LED)を開発した科学技術振興機構・名城大学発のベンチャー企業エルシード等を抑えて、なんと1位に評価されました(表2)。



おわりに

 シルクフィル布団の開発については、農業生物資源研究所での基礎試験は既に終了し、現在碓氷製糸農業協同組合でシルクフィルを繰製し、桐生市内の織物工場で精練し、丸三綿業株式会社でシルクフィル布団の製造を行っています。今後、国内のみならず欧米を中心とした海外へも展開していく予定です。
今回の日本経済新聞社の技術トレンド調査により、望外の評価を頂きましたが、今後製造工程の簡略化と実用性能を更に高め、価格面でもより購入しやすくなるような技術開発を行っていきたいと考えています。


●イベント情報
 染織作家 鳴瀬直幸の新作展示会
◎日時:10月11日(火)〜11月2日(水) 10時〜18時
           最終日 11月4日(金) 10時〜15時
場所:ジャパンシルクセンター 東京・有楽町 蚕糸会館1階

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