Monthly Silk News(絹だより) 
第218号(平成24年5月10日)
発行 社団法人日本絹業協会
ハイカラさんの贈りもの「ぐんま×200」

株式会社 加藤萬 相談役 井口通太郎   


はじめに
 東日本大震災の復興が進まない。原発の賠償問題も迷走中。電力不足を楯に再稼働に傾きかけている。例年にもまして寒さもきつく降雪量も多く苦しんでいる被災者達の人心を逆撫でするような動きに嫌悪を感じる。辛さ、心細さ、お察しします。関東では、桜が散り、れんぎょう、やまぶき、菜の花、ミツバチ好みの黄色の花が満開だ。北の方にも早く本当の春がくることを祈ります。

安野光雅さんのこと
 今年、3月中旬、京都高島屋で「安野光雅が描く洛中・洛外展」を覧た。120点の静謐で上質な水彩風景画と可憐な花が咲く叢の中に子供達が遊ぶ情感豊かな作品群で、多くの入場者は楽しそうで幸せいっぱいという面持ちだった。
 安野さんは、1982年、前期のNHK連続テレビ小説「ハイカラさん」のタイトル画を描かれた方で、エッセー、児童画、グラフィックなど多数の本を出版されていて、ファンが多い高名な画家だ。そのタイトル画は、トテチテターとラッパの音、騎馬が旗立てテケテケ進む、レンガづくりの洋館が並び、ハイカラ婦人の登場と、そんな記憶ですが。ヒロインは新人女優の手塚理美さん。
 実は、安野さんとはほんの少しだけ縁があった。というのは日本に水彩画専門の公募団体が二つあって、日本水彩画会と水彩連盟がそれで、前者が古く、画会から独立したのが連盟です。水彩連盟展はこの4月に第71回展を六本木の新国立美術館で開催した。水彩連盟展の創立は1940年、創立会員は、荒谷直之介、春日部たすく、小堀進、小山良修、荻野康児、斎藤大、渡部菊二、山中仁太郎の8人だったが、ふっくらした独特な裸婦を描いた荒谷直之介、猫と裏磐梯を骨太に表現した水彩連盟代表の春日部たすく、ダイナミックな筆致とグワッシュで描く風景画が秀逸で後に芸術院会員になった小堀進の3先生が残り、他の方々は離脱した。
 安野さんは水彩連盟展、第18回展(1959年)でスター賞を授賞している。私は第23回展が初出品で、第65回展まで在籍したが数年前に退会した。安野さんとはすれちがいでお会いしたことはないが、春日部先生から、上野の東京都美術館、地方での講習会に同行させていただいた時や、委員会などの折に何度か安野さんの茶目っ気振りなどを聞いていたし、作品も本も目にしていて私もファンの一人だ。

半衿
刺しゅうの半衿

「ハイカラさん」と刺しゅう衿
 テレビ小説「ハイカラさん」は、手塚理美さんの愛らしさと活達な時代の表現で大人気だったし、私達の和装業界に大きな「はずみ」をつけてくれた「ありがたい」番組だった。「刺しゅう衿」がそれだった。
 加藤萬の先代社長は刺しゅう衿が好きで、この半衿ブームの以前から桐の衿箱に20点ぐらいの白やピンク、浅葱地の刺しゅう衿が入っていた。先代は京都の和装小もの問屋細田商店の東京営業の出身で、私の師匠平岡政雄とは同僚だった。師は図案部にいて部の先輩には、「前田青邨とその弟子たち展」(1983年、神奈川県立近代美術館)に名を連ねた江崎孝坪先生がいた。平岡師が京都の図案部で仕事をしていた頃の細田商店には部屋いっぱいに刺しゅう衿が積み込まれていたという話しを聞かされたことがあった。今でも加藤萬の仕入部には、衿の図案や下描きが残してあり、当時の図案部の描き手のサインが入っているものも多数ある。それらの図案の筆さばきの妙は目を見張るばかりで、とても追いつく技術のレベルではない。ただ、うまいばかりではない、色気すら漂っている。そんな経験があったからだろうが師匠の筆もすごかったし、先代社長の「ものづくり」の感性もひたすら、光輝いていた。しかし、当時は「ハイカラさん」放映前で刺しゅう衿の需要はほとんどなかった。刺しゅう衿が欲しくて、あちこち探したあげく、加藤萬で買い求めた若い女性が、衿に惚れて加藤萬で働くようになったというのも、この頃の微笑ましい出来事だった。その刺しゅう衿が「ハイカラさん」のおかげで大ブームになり、来る日も来る日も新柄を考案したり、古い資料を調べたり、色を出したり、あわただしく加工出しをしていたのもついこの間のような気がする。
 「何だ、この衿は、遊女にでもさせるつもりか」と、厳しい言葉を頂戴したお客様もおられたり、とうとう、最後まで刺しゅう衿は扱わなかった有名呉服店もあった。あのすさまじい程の半えり合戦も長くは続かなかったけれど、今でもしっとりとした良質なものは人気商品で、途切れることなくつくり続けている。
 手塚理美さんには、後に、加藤萬の刺しゅう衿のキャンペーンカタログのモデルになっていただいて、初々しいきもの姿に加藤萬の刺しゅう衿を何度もつけ換えてカメラマン共々長時間のおつきあいをしていただいた。「ハイカラさん」の番組用にと刺しゅう衿を届けたりもした。NHKの美術センターへは何度か足を運んだのも懐かしい。当時、売り出し中のカメラマンと靖国神社の中の茶室で刺しゅう衿の物撮りをし、カタログをつくり、PRに力を入れた。その時の撮影で、写真とは「光」なんだと教わった気がした。銀座の老舗和装小もの店の店主がこの刺しゅう衿の売れ行きのあと押しに大きな力を発揆してくださったことは今でも鮮明に覚えている。

純国産絹との出会い
 一昨年、縁があって「純国産絹」使用の半衿と帯あげづくりを担うことになり、日本絹業協会を訪ねることになった。加藤萬は和装小もののメーカー問屋なので、衿、帯あげ、長じゅばんなどの生地は丹後で織っているが、質感、地紋など用途に合ったものを求めて、機屋さんにお願いしていた。ずっと、そういう方法で過ごしてきたので今日まで糸を買ったり扱ったりした経験はしないで済んでいた。知らないというのはどうにもならないもので、いい歳をした男が右往左往するだけで、愚にもつかない「イライラ」といやでも深いつきあいをすることになってしまった。兎に角、百聞は一見は如かず、と猛暑の中、碓氷製糸農業協同組合へ出かけた。妙義山が眼前にそびえ立つ麓の小さな駅舎で迎えに来てくださるという車を待った。事務所で組合長の高村さんに日本の絹の歴史と実情などのレクチャーを受けた。思いは、産業の活性やこれから新しい展開が望めるという感じはなかった。逆に、国の農業、養蚕対策といういろ紙の上に雑草で埋まった田んぼと地元選出の大臣の顔が重なった。今までの私の仕事より川上のことだったので、ただ知らなかった。知ろうとしなかった不勉強が地表に露になっただけとわかって、恥ずかしかった。
 建物はトタン部分の赤茶けた錆がなんとも侘びしく、がらんとした工場内も豊かな風の感覚ではなかった。が、繭から糸を引き出し、合わせ繰いていく様を見て、私一人が見せてもらうものでないと思った。社員、同僚、消費者等、多くのきものファンにも絶対見てほしい、知ってほしいと思った。前後に多くの問題がついてまわるだろうが、もっと強いアピールがほしいと思った。養蚕という伝統の仕事、絹の淑やかさ、華やかさ、様々な要素を含んだ美しい糸。天が、神が、人が創り出したあくまでも上品で白く輝く最高の糸。そんな素敵な糸をつくる仕事を本当にたくさんの人達に見てほしいと思った。感動もしました。

ぐんま×200による衿、帯あげの制作
 ぐんま×200。このブランド繭からつくり出された、妖しく底光りするこの生糸で、衿、帯あげを作ろうと決めたけれど、今までの経験の出発点よりはるかに前段階の「糸」。その太さ、撚り、密度、厚さ、柔軟性、染色性。未知のところからの走り出しは、私には何も見えないしわからなかった。機屋さんへは抽象的な要求しか出せず、何度も試織をお願いするしか手立てが無く、全く申し訳なかった。なかなか良い仕様のものが出来ずにいたが、やっと二通りのサンプルが目の前に現れたのは半年をゆうに越えていた頃だった。すばらしい生地が織られた。これがぐんま×200なのか。準備していた図案、配色に早速取りかかった。待ちに待った染め上がりを見ると心配していたことは、いっ気に飛び去った。染色性が大変優れていることがわかった。透明度が高い。内側から柔らかく光る色、感激だった。うれしかった。引き染ぼかし、絞り、刺しゅうなど加工は最小限にして、生地に負担をかけないように工夫した。織、染、仕上げ、それぞれに手ぬかりのないように練達の職人の手技によって本当にきれいな色を引き出すことができた。満足だった。ほっとしたというのが本当かも知れない。触感は少し芯があるようだったがシャキッとした風合いで高感度、上質だ。店頭に出す前に「こんな風にできましたよ」と絹業協会の方へ持参した。ひょっとしてあれは、ただ、自漫したかっただけかも知れない。その後、他の会社の方といっしょに説明会というのか報告会なのか、協会の方はじめ省庁や婦人誌の方々の前で用途、加工方法、工程、特長などをお話しさせていただく機会があったが、専門的なことなのでご理解くださったかいささか自信が無かった。なぜなら、ご婦人がお使いになる和装小ものですので男性の多かった会場、出席者には不向きな商材だったかも知れない。

半衿と帯あげ
ぐんま200と帯あげ

むすび
 ぐんま×200ばかりでなく、優秀な蚕糸、日本の絹。日本の養蚕農家が心を尽くして育んだお蚕さん。この繭から作り出された生糸で織り上げた純国産絹製品は、まちがいなく、美しく、上質な製品です。これからも一人でも多くの消費者に喜んでいただけるように心掛けて精心しなくはいけないと思いつつ、不安といっしょに過ごすことになりそう。
 前記の荒谷直之介、春日部たすく、小堀進、3先生の作品は水戸市の茨城近代美術館、千葉県立美術館に収納されている。安野光雅展は、この秋、京都展よりさらに充実した企画、内容で、大阪高島屋で催されると聞いている。機会があればどちらも是非。


「純国産絹製品展示コーナー」  ジャパンシルクセンター
●展示品:後染反物(小紋)/後染帯地
●出品会社:田中種株式会社
●展示期間:5月7日(月)
5月25日(金)

●イベント情報


 ●純国産絹製品展
◎日時:平成24年6月2日(土)〜6月6日(水)
             6月2日(土) 10:00〜17:00
     6月3日(日)〜6月5日(火) 9:00〜17:00
             6月6日(水) 9:00〜15:00
◎場所:京都産業会館4階展示場 京都市下京区四条烏丸室町東入る
◎主催:社団法人日本絹業協会

  さくら工房
 ●絹(KIMONOFUKU)服
    〜着物の反物から洋服を作る〜
◎ 日時:平成24年5月7日(月)〜24日(木)10:00〜18:00
             25日(金) 最終日  10:00〜15:00
◎ 場所:ジャパンシルクセンター 東京・有楽町 蚕糸会館1階
◎ 主催:ジャパンシルクセンター

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