Monthly Silk News(絹だより) 
224号(平成24111日)
発行 社団法人日本絹業協会

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甲斐絹復刻と新たなる価値の創造


株式会社甲斐絹座 代表取締役 前田 市郎   

甲斐絹(海気・海黄)とは?
 甲斐絹(海気・海黄、かいき)は、元々、元亀(げんき)・天正年間から慶長年間(信長・秀吉・家康の時代)にかけては南蛮渡来の先染の絹織物であった。郡内(現在の山梨県富士北麓東部地域)の甲斐絹が一番隆盛を極めたのは江戸時代の元禄年間から享保・文化文政にかけてで、井原西鶴や近松門左衛門の文章の中に「郡内縞」という表現で度々出てきている。主な用途としては羽織の裏地や布団地などであった。(甲斐絹という言葉は明治の初めに初代官選山梨県令藤村紫朗によって命名された。)その後、明治・大正と昭和初期まで生産されていたが、戦後、化学繊維の発達とともに時代の波間に姿を消してしまった。

(株)甲斐絹座設立の経緯と「甲斐絹グループ」結成による「山梨県産繭」での「生糸」作り
 甲斐絹座は、平成14年に株式会社前田源商店、有限会社田辺織物、株式会社槙田商店、
山崎織物株式会社の4社によって立ち上げた同業種のグループである。このグループ結成は、山梨県に訪れる観光客などの方々に当地の地場産業である織物製品を広く周知することにより、ビジネス機会を創出する目的で集まった。ここで、指導関係機関の協力を得て的確なアドバイスの下に3年有余に亘り地道な勉強会を行ってきた。

 その経験の中で、現在、我々が織物の仕事をしているのは何故なのかという疑問にぶつかり、甲斐絹の歴史や伝統に加え、それを作ってきた技術の蓄積の上に、今日の織物製品の製造が成り立っていることに気づいた。そこで、現在絶えてしまっている甲斐絹を山梨県産繭を使った生糸で復刻し、現代でも通用する製品を作っていこうというメンバーの考えがまとまった。平成19年度には地域資源活用プログラムに基づく計画策定を提出し、認定業者になった。これにより、製品開発や販路開拓がスピードアップされるとともに、遂に平成21年11月18日付けで株式会社甲斐絹座を設立した。

 更に、山梨県産繭を使い生糸を作ることに取りかかった。「蚕糸・絹業提携システム」を構築していくために、甲斐絹座の2名のメンバーをコーディネーターとして登録し、山梨県内の養蚕農家・農協、長野の松澤製糸所、織物業者などで構成される提携グループ「甲斐絹グループ」を結成し、財団法人大日本蚕糸会から平成23年1月19日付けで承認された。
 平成23年度の繭生産の実績は14戸の農家で3,072.3kgの繭を生産した。この繭で作った生糸で商品開発を行い、同年度に社団法人日本絹業協会から2品目、24年度第1次審査会で3品目の「純国産絹マーク」の使用許諾を得た。

1)きれいに手入れされた桑畑

2)回転まぶしに入っている繭

3)自動繰糸機・繭

4)繰糸機・横から


甲斐絹座の新たなる価値創造への方向性
 1)永年に亘って、グループメンバーで研究を重ね、少しずつ様々な種類の甲斐絹を復刻してきた。その結果、先染の特徴が顕著に生かせる玉虫甲斐絹の復刻に取り組み始めた。この玉虫甲斐絹による製品では、「かいき」シリーズとしてネクタイ、クッション、バッグ、傘をはじめとした製品を手掛けてきたが、21年度からはインテリア分野への進出を図るため、新たにプロダクトデザイナーの島村卓実氏を起用し「hengen」というブランド名で玉虫甲斐絹の特徴を十分に活かしたスカーフ・Tシャツ等を開発し、23年1月21日〜25日にフランスのパリで開催された「メゾン・エ・オブジェ展」に出展し好評を博した。

5)メゾンでの写真

6)メゾンでの写真

 2) 更には、平成24年6月に東京ビックサイトにて開催された「インテリアライフスタイル2012」に出展した。ここで開発した甲斐絹は玉虫の技法をさらに応用発展させ、縞格子や絣なども多用し、複雑な色合いの表現で来場者を魅了できた。

7)インテリアライフスタイル2012の写真

8)インテリアライフスタイル2012の写真


次代の若者たちへの期待
 1) 株式会社甲斐絹座では数年前から、山梨県内の大学・高等学校・中学校などでこの地域の地場産業である織物についての話を行っている。そこで感じたことは、今の一般の学生の方々(美大や服飾学校の生徒ではない。)は自分が着ているものが織物なのか、編み物なのか、また、素材にしても、天然繊維なのか合成繊維なのか、分からない方々が多いのには驚いた。大学の場で話をしたことがきっかけになり、21年度より山梨県立大学地域研究交流センターと「地域資源を活かしたビジネス展開の可能性について−甲斐絹の伝承と発信のためのプログラム開発−」というテーマで研究会を立ち上げ、教材としての甲斐絹の使用方法を模索したり、大学生のゼミによる甲斐絹の情報発信や商品開発の研究を行っている。

9)於:山梨県立甲府城西高校 

10)於:健康科学大学


 2)甲斐絹を教材(手作り製品のキット)にすることにより、この地域で生まれ育った子供達にとって、素材としての本物の絹の質感や手触り、風合いなどを常日頃より触れることが出来、本当のものを見極める感性が養われる。さらに、蚕糸業を背景に培われてきた地域文化や伝統文化を支える重要な産業への認識と、一連の繭から織物が出来るまでの仕事の流れも知識として培われる。また、本年度からは現場の教職員の方々に甲斐絹についての話をすることになり、これにより甲斐絹を教材に使っての授業が増えることが期待される。

  山梨県産の繭で甲斐絹を復刻し教材にすることで、養蚕から織物生産、消費という一連の安定的流れが生じ、繭の需要が増え、喫緊の課題である高齢化の進む養蚕農家の担い手対策の一助になるのではないかと期待している。

むすび

 以上のように、(株)甲斐絹座は復刻した甲斐絹に新たな手法やデザインを開拓し、現在(世界)に通用する価値を創造していくとともに、甲斐絹で教材を作成しこの地域の子供達に絹の本物の情報を伝え、絹をより身近なものとして捉えられるようになれば良いと思っている。
 絹については各絹織物産地だけでなく、かつて日本の殖産工業政策の一翼を担い日本を世界に通用する国家の礎を作ったことで、日本人としての共通の誇るべき素材であると考えている。また、ナイロンやポリエステルなど化合繊開発の目標になったのも絹である。

 そこで、国産繭で作った生地を教材にして行う授業を日本全国で行えば毎年膨大な量の国産繭を消費することになる。従って教材という新たな需要の価値を創造することにより、確実に国産生糸で作った織物が消費される。その結果、日本で教育を受けた人々は、自分が何を着ているのか理解でき、なおかつ絹の価値や取り扱い方も理解し、本物を見る目が養われ、心豊かな生活を送るきっかけの一つになるのではないかと考えております。

 

原点回帰


奄美島絹推進協議会 株式会社みなみ紬 代表取締役 南 修郎         


大島紬の歴史と現状

 西暦697年唐の皇帝・武則天(女帝)に献上。これが大島紬の最も古い記録である。大島紬1300年の歴史の根拠であろう。また、1720年には薩摩藩から絹織物着用禁止令が、奄美島民に出され、桑の樹にも課税された歴史があることからも、昔から奄美人は自ら桑を植え蚕を飼い、糸を取り、染め、織っていたに違いない。
 現在の大島紬は、明治40年に永江伊江温と言う人が、締機を開発してから絣文様を重視し7マルキ・9マルキ12
マルキ等、絣の細かさを追求している。絣の緻密さでは、おそらく世界一の織物であろう。フランスのゴブラン織り、ペルシャ絨緞(じゅうたん)、そして日本の大島紬が世界三大織物と言われる由縁であろう。しかし今大島紬業界は、未曾有の苦況にある。かつて、島の経済を支え基幹産業と言われ、年間約300億円も島外から外貨獲得をしていたが、現在は10億円にも満たない。

 島の経済も冷え込み、人口も半減した。大島紬を造っても売れないのである。いやもしかしたら、今までが売れ過ぎていたのかもしれない。戦後奄美だけでも、780万反。鹿児島産地を合わせると約3000万反もの大島紬が生産されており、これが日本国民の箪笥の中に現存しているのである。先日、国の重要無形文化財保持者、博多織り人間国宝の小川規三郎先生と久しぶりに福岡でいっぱい呑みました。小川先生は、本当に気さくな方で、今は、博多織の学校で後輩達に、伝統技術の継承をしておられる。「われわれは商人ではない。工人であり職人である。物売りではない。もの造りの原点を忘れるな!」。重みのある言葉でした。

自らの繭作り

 私は兄の勧めもあり、平成22年から桑を植え、23年は愛媛県の愛媛蚕種の兵頭社長の所へ、養蚕修行に行って来ました。蚕のことは、全くの素人で見るも触るも始めてです。その時、琉球多蚕繭(りゅうきゅうたさんけん)と出会ったのです。琉球の名前が付いているので、興味を持ったのですが、よく見ると頭デッカチで、面白い表情(顔)をしているのです。琉球多蚕繭は、奄美・沖縄由来の玉繭品種で、繭は金黄色三頭以上で、同功繭(どうこうけん)を作る。奄美でも、1850年に薩摩より遠島された名越佐源太による「南島雑話」(当時の奄美大島の実情を知ることの出来る貴重な史料)にも、繭色黄ナリと記され、その絵も頭デッカチである。兵頭社長より2000頭の稚蚕を分けて貰い、試験的に飼育し琉球多蚕繭のブサ可愛さを初めて知りました。

 秋口になり、自宅から車で約1時間の笠利町楠野と言う所で、桑園を造成し、その畑に友人から古い電柱を譲り受け、大工泣かせの工法で蚕小屋を設置しました。やっと完成し、いよいよ養蚕開始。愛媛蚕種から琉球多蚕繭を1箱20,000頭送ってもらい、兄と10,000頭ずつ飼育する計画とした。これが、23年12月7日着。蚕小屋のある楠野地区は、奄美でも北のはずれ 一番寒い所で、正月も蚕小屋に泊り込みました。成長も遅く生き物をあつかう大変さをしみじみ感じながら、けなげな頭デッカチに愛着を覚え、蚕の餌は桑の葉だけでなく、愛情が必要だと知ったのであります。
 やっと、24年1月20日ぐらいに収繭。

南島雑話にでてくる蚕

琉球多蚕繭

琉球多蚕繭とソテツの葉

給桑



自らの糸作り

 繰糸、糸づくりだ。実は、繰糸、糸作りは、まだ誰にも指導は受けていない。これまで京都の座繰りを見たことがあるくらいだ。繭を煮て、大島紬のワクに繰ろうとしたが、糸口がみつからない。仕方なく、繭から直接糸を引いたが全くきれいな糸には、ならなかった。後から聞いたら、ずり出しと言う方法だそうだ。糸に、所々どうしてもブツブツが残る。奄美でも、1300年も昔から大島紬があったのだから当時は、電気もなければ機械もない。全て手作業でやってたに違いない。遠い先人達に思いをはせて、自分なりにただただやってみた。これも後で知ったが、「絁(あしぎぬ」と言うそうであった。

煮繭

糸ずりだし

糸取り

糸巻き

製織

琉球多蚕繭で作った帯と反物


 わが国における養蚕・絹織物製造の始まった正確な時期は不詳である。しかし、1963年に発掘された立石遺跡(福岡県飯塚市)から発見された平織物が、京都工織大布目順郎教授によって確認された。少なくとも、弥生時代中期(西暦紀元前後)には、北九州地方で養蚕・絹織物製造が行われていたと見られる。当時の絹織物は、均一な糸で織ったものでなく、繭の殻(繭層)のまま利用した幼稚なものであったらしい(布目順郎 繊維と工業第325号より)。古代絹には「平織」「縑(かとり)」「絁(あしぎぬ)」の三種の代表的なものが作られていた。正倉院御物として保存されているわが国最古の絹織物は、であるとのことを知り、大島紬の原点回帰の想いが強くなって来ました。
 24年6月、蚕糸科学研究所の清水重人所長と天方美帆さんが来島され、この二人から繰糸の指導及び煮繭の現地指導を受け、分繊生糸の作り方を教わりました。これまで、琉球多蚕繭のずり出し糸を緯糸(よこいと)に使用した帯と反物を自分で染め、織り上げましたが、ズリ出し糸の経糸(たていと)使用は無理なので、今回のご指導を生かし、経糸を春嶺鐘月で作り、純国産絹マークの使用許諾を得て、純奄美産、大島紬の原点回帰を図りたいと思います。
 昨年、大日本蚕糸会の高木賢会頭に御来島頂き、奄美養蚕フォーラムの基調講演の際に、「奄美養蚕の成功の秘訣は、成功するまでやりぬくこと」とお約束しました通り、自分自身の原点回帰に挑戦を死ぬまでやりぬきます。死ぬまでは、生きていますから・・。

 

  第9回「日本の絹展」開催

〜伝統工芸から創作デザインまで 染・織で綾なす 美と技の祭典〜

 

 当協会は、平成24年10月18日(木)〜23日(火)まで、高島屋東京店8階エクセレントルームに純国産絹コーナーを設置し「第9回日本の絹展〜伝統工芸から創作デザインまで 染・織で綾なす 美と技の祭典〜」を開催しました。
 純国産絹製品や国内で製織、染色加工した伝統的工芸品から最新の創作デザインの絹製品まで幅広く展示し、特に養蚕、製糸、製織、染加工等の様子をビデオで紹介したり、カイコの飼育展示、ア−トフラワ−教室を行いました。また、生産履歴を表示した純国産絹マークについての説明パネルで国産繭・生糸で作られた希少価値のある純国産絹製品の紹介を行いました。

「第9回日本の絹展」会場入り口前のディスプレイ

生きた蚕の飼育と座繰実演


純国産絹製品コーナー
 純国産絹製品コーナーでは、(株)甲斐絹座(山梨県富士吉田)の甲斐絹のネクタイ・スカーフ・ストール・傘、西川産業(東京都中央区)の布団、(株)あきやま(宮崎県綾町)の藍染、貝紫で染織したショール、近江真綿振興会(滋賀県米原市)の布団・膝掛け、(株)小倉商店(茨城県結城市)の手紬結城紬・和装小物、(株)加藤萬(東京都中央区)の帯揚げ・風呂敷・半襟、日本蚕糸絹業開発協同組合(群馬県高崎市)のおくるみ・袱紗・紋付地・江戸小紋(藍田正雄)、富岡シルクブランド協議会(群馬県富岡市)のネクタイ・スカーフ、(株)平田組紐(東京都豊島区)の帯締、福絖織物(株)(福岡市西区)の和装小物、宮井(株)(京都市中央区)の風呂敷、(有)ミラノリブ(群馬県桐生市)の最新創作デザインのニット製品の展示即売を行いました。

日本の絹コーナー
 日本の絹コーナーでは、(株)絹工房(群馬県富岡市)のシルク化粧品・石鹸、染色工房鳴瀬(京都市右京区)の染色着尺・帯・和装小物、中島洋一(東京都中野区)の古典織物、COSSI (有)腰光産業(群馬県桐生市)のコート・紳士シャツ・婦人ブラウス・ショール、渡文(株)(京都市上京区)の帯・ネクタイ・座布団、自ら製作した絹製品の展示即売を行ってもらいました。

実演コーナー
 東京農工大学大学院蚕学研究室による生きた蚕の飼育展示・世界の野蚕の紹介パネル、蛍光・色素遺伝子を組み込んだ青色・赤色蛍光の繭の展示と当協会による繰糸実演を行いました。深雪スタジオでは、アートフラワー教室が開催され、消費者の興味を引きました。
 お客様からは、初めて蚕を見た。蚕が繭を作るのに感激した。生糸や真綿の作り方がやっと分かった。絹製品を作るのにこんなに手間がかかるのですかなどの声を頂きました。

「第9回日本の絹展」の会場


 今後、今回のように絹製品製造者(製織、製編、染色等)が自ら製造した絹製品の展示販売する場で、多くの消費者に純国産絹製品の存在、製造技術の伝承の重要性を知ってもらい、一方で日本の蚕糸・絹業の連携による日本の繭・生糸から作られた純国産絹製品(質の高い、物語性のある、生産履歴の明確なもの)が多く出現し、消費者にリーズナブルな価格で提供できることを望むところです。

 

  【編集部からのお知らせ】

 「絹だより」は来月号から休刊します。ジャパンシルクセンター及び(社)日本絹業協会からのイベント情報、純国産絹マーク等のお知らせは、HP(ジャパンシルクセンター http://www.silk-center.or.jp)をご覧ください。

 

  イベント情報

 第11回新高機組の会
○日時:平成24年11月7日(水)〜9日(金)
              10:00〜19:00
      9日(金)最終日10:00〜16:00
○場所:ジャパンシルクセンター(東京・有楽町 蚕糸会館)
○主催:新高機組の会  ○後援:京都府

 実りのフェスティバル(第51回農林水産祭)
○日時:平成24年11月10日(土)〜11日(日)
              10:00〜16:00
○場所:東京日比谷公園
    地下鉄霞ヶ関駅・日比谷駅・内幸町駅
    JR有楽町駅・新橋駅
○主催:農林水産省、財団法人 日本農林漁業振興会

 第23回 絹まつり
○日時:平成24年12月3日(月)〜6日(木)
              10:00〜18:30
      6日(木)最終日10:00〜17:00
○場所:ジャパンシルクセンター(東京・有楽町 蚕糸会館)

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