第100号(平成14年5月1日)

創刊100号に寄せて

農林水産大臣官房参事官(生産局担当)前川泰一郎

中学生の息子がユニクロで服を買ってきた。聞いてみると1万円も出せば上から下まで全部そろうという。ユニクロに代表されるノーブランドの良質(低品質ではないという意味で)低価格輸入衣料は日本の消費者に完全に認知されたと言ってもいいと思う。また、高級ブランドも相変わらず人気があり、銀座にはブランドの直営ショップが次々に誕生している。

それでは着物はどうだろうか。あらためてながめてみると、成人式とか、お茶、お花といった非常に限られたシチュエーションでしか着物に接する機会がなくなって久しい。インターネットの掲示板で見かける着物愛好家たちも一様に着物は着たいが着られる機会が少ないと嘆いている。かつては箪笥の肥やしといわれていたものが、世代が変わり和室自体がなくなるような時代になると、粗大ごみにもなりかねない。

そうした着物の世界でも、原料の生糸の立場は微妙だ。川下の業界では、今や品質面でブラジルや中国産と国産の差は小さい、それなら価格が安い方がいいということで、国産の生糸はどんどん生産が縮小し、自給率は一割もない状態となっている。こうした動きは単に原料段階にとどまらず、川下の織物、縫製においても国内生産が急速に縮小する事態となってきている。

存亡の危機に瀕している我が国の蚕糸業はどうなるのだろうか?これまでなんとか蚕糸が生き残れたのは、日本の伝統衣料である着物の原料であることが大きいと思われる。綿や化繊を原料とする国内繊維産業が大幅な縮小を続ける中で、国内の絹織物業がそれなりのシェアを確保しているのも、同じ理由からであろう。ある意味で蚕糸の生殺与奪は川下が握っているといえるのかもしれない。反面、BSE騒動を経て表示や品質について消費者の意識がはっきり変わったことを踏まえれば、外国産の原料だけに頼ること(そして外国産の原料による製品を「国産」だとすること)の危うさは、川下の業界も大いに認識していると思う。

かつては対立的関係にあった養蚕と製糸も生糸生産の縮小とともに共存共栄の関係になっている。そして、まさに同じことが、現在では、川上たる蚕糸と織物など川下業界との関係についてもいえるのではないだろうか。結局、国産の着物の振興を通じてしか、国内の蚕糸業の明日はないし、川下の協力が得られれば、国産の生糸はその希少価値だけで十分ブランドになりうると思う。本誌の1号が刊行されたのは、生糸の一元輸入が廃止され、自由化に大きく踏み出した時期であった。現在は、自由化が浸透した結果、大幅な構造変化が極まり、蚕糸業界はまさにがけっぷちにいる。200号では、川上川下の業界の協調で、自由化をうまく乗り切って、蚕糸業と絹織物業が日本の伝統文化を支える産業として生き残っていくことを祈念しつつ、ペンを置きたい。


繭層の生理機能物質の探索

注目される繭層抽出物の利用

財団法人大日本蚕糸会 蚕糸科学研究所研究員 栗岡聡

セリシンは繭糸を構成する主なタンパク質成分のひとつであり、絹(フィブロイン)の表面を被覆し、フイブロインを相互に接着させている。このようなセリシンの接着機能がなければ、フィブロインからつくられる複雑な繭層構造はできない。セリシンは煮繭や精練工程を経る間にそのほとんどが溶解除去される。除去されたセリシンはこれまで利用されることなく廃棄されてきたが、近年、セリシンタンパク質の機能性に関する研究が活発になるにつれ、廃棄されていたセリシンの有効利用が注目されるようになってきた。すなわち、絹精練廃液からセリシンを回収する方法が検討され、回収セリシンを繊維および化粧晶や食品分野における機能性素材に応用した商品開発が進んできている。

セリシンの化学的な特徴として、そのアミノ酸組成に偏りがあることがよく知られている。セリシンは他のタンパク質にくらべ反応性に富む水酸基をもつアミノ酸一セリン一の含量が高く、30%以上がこのアミノ酸で占められている。セリシンの粘着性もセリン含量が高いことに起因しているといわれている。セリン含量が多いセリシンにはフィブロイン接着機能だけでなく他にも様々な潜在機能があるのではないかと考えられている。

セリシンを応用する際に最も有効とされる特性は、セリシンの保湿性である。セリシンの保湿性能はコラーゲンやフィブロインよりも優れているとされ、それゆえ皮膚・毛髪化粧品用の天然原料としての利用価値が高いとされてきた。さらに、最近ではセリシンの抗酸化作用やチロシナーゼ阻害作用が注目されている。これらの作用は皮膚で発生する活性酸素を抑制する効果があることから、化粧品添加物としてのセリシンの付加価値は高い。

ところで、これまで一般的に"セリシン"といえば、繭層から熱水やアルカリ精練により溶出される成分のことを呼んできた。しかし、繭層抽出物を調べてみると、この中にはセリシンタンパク質以外の未知物質が多く含まれていることがしだいに明らかになってきた。蚕糸科学研究所では繭層を有用なバイオ資源としてとらえ、繭層抽出物の有効利用に焦点をあてた研究開発を現在進めている。特に、色素をもつ繭(色繭)の繭層抽出物は抗酸化活性が顕著であり、笹繭系の色繭(大造)には白繭由来抽出物の15倍以上もの抗酸化作用があることがわかっている。笹繭の繭層抽出物のアルコール可溶性画分には強い抗酸化活性が認められたことから、アルコール可溶一性成分中の色素についてさらに分析したところ、7種類のフラボノイド系の色素が同定された。繭層に含まれるこれらのフラボノイドは家蚕の食餌である桑葉由来のフラボノイドとは化学的に異質であった。

したがって、繭層のフラボノイドはカイコ体内で合成された色素で、これらは絹タンパク質とともに繭層に移行したものと考えられる。

繭層フラボノイドには強い抗酸化作用が確認されたので、色繭の繭層抽出物の抗酸化作用はフラボノイドによることが明らかになった。フラボノイドは抗酸化性に優れていることがよく知られており、特に、お茶等の植物性の食品に多く含有されている。フラボノイドは様々な疾病の原因と推定される活性酸素が体内で発生するのを抑制することから(ラジカル捕捉作用)、近年の健康志向の高まりとともにポリフェノールの総称でなじみ深い物質となっている。

色繭繭層抽出物の抗酸化作用は主にフラボノイド系色素類によることが確かめられたが、フラボノイドを繭層抽出物から分離精製する過程で、色素を含まない水溶性成分にも強い抗酸化活性が認められた。そこで、この未知抗酸化物質を詳細に分析したところ、活性物質は尿酸であることをつきとめた。尿酸は痛風や尿路結石の元凶として悪者扱いされているが、意外にもアスコルビン酸(ビタミンC)よりも強い抗酸化活性をもつことで知られている。

ヒトやほ乳類の血中尿酸は酸素ラジカルによる不飽和脂肪酸の酸化を防御しており、脂肪酸化物の生成によりひき起こされる老化や発癌の抑制に重要である。また、腎臓では尿酸の90%以上が血液に再吸収されることから、尿酸は生理的に必須成分と考えられている。

昆虫を初め、鳥類やハ虫類は尿酸排泄動物に分類され、タンパク質と核酸の最終代謝産物は尿酸として排泄される。カイコの尿酸は幼虫皮膚に蓄積されるほか体液中にも存在することから、繭層の尿酸は体液から絹糸腺に移行した後、絹タンパク質とともに排泄されたものと考えられる。

繭層抽出物にはフラボノイドや尿酸といった抗酸化作用をもつ機能物質のほかに、抗癌作用や抗炎症作用で知られるプロテアーゼインヒビターも含まれている。これらの成分はそれぞれ単独で生理機能を発現することができるので、繭層抽出物から精製した機能物質を利用することができる。一方、機能物質の混合物として繭層抽出物を利用した場合には、機能物質問の相乗効果によって思いもよらない効果が発揮される可能一性がある。現在、繭層抽出物のもつ潜在的な機能についてさらに研究をすすめているところであり、今後その機能の応用範囲が拡大することを期待したい。


一国産シルクマークに800点の応募一

消費者に国産和装品をPR

社団法人日本絹業協会が募集してきた「国産シルクマーク」のデザインの公募が締め切られたが、当初の予想を大幅に上回る800近い応募がありました。

通常はこの種のデザイン公募は100点前後の応募にとどまるケースが多いと云われ、今回のようにプロやセミプロのグラフィックデザイナーを中心に800点もの多数に上ったことは異例の関心の高さでした。

今後のスケジュールは、6月下旬に採用する国産シルクマークを決定し、本会ホームページで公開するほか、記者発表、産地や流通業界への説明会などの準備期間を置いて、実際の表示作業は秋口から実施する予定です。

今回、国産の生地で国内の染色加工をした和装品に「国産シルクマーク」を表示する事に決めたのは、外国産生糸や絹織物の輸入増加により厳しい環境下に置かれている蚕糸絹業の状況に対応するためです。

このため農林水産省、及び経済産業省の指導を得て、「国産シルク消費促進協議会」を結成し、昨年10月から今年1月まで委員、専門委員による討議を進めてきました。

その結果として消費者に国内産の和装品と識別できるマークの表示が望ましいという方向性が示されて、今回のデザインの公募に至ったものです。

この「国産シルクマーク」の表示の対象は、日本で製織された織物で、国内で染色加工された反物などとする事が決まっています。

実際の表示作業は先染、後染ともに各産地組合や加工業者の組合が行う事とし、表示の性格としては、制度上の義務的表示としてではなく、国産シルク消費促進の観点から、国産品の消費を図る運動の一環として関係者が任意に表示するのが適当としています。


イ ベ ン ト 情 報

『日本の装い』

The Art of Japanese Kimono

伝統衣装『きもの』を通して改めて日本固有の雅な服飾文化の粋を見ると共にその変遷を展示します。

と き平成14年6月1日(土)〜7月7日(日)

    9:00〜16:30(休館日・月曜日)

ところシルク博物館 横浜市中区山下町1 TEL045-641-8414

主 催シルク博物館

協 賛後援:神奈川県 横浜市 (社)全日本きもの振異会他

『国際蚕糸専門家協会総会』

と き平成14年6月14日(金) 

総 会13:30〜14:30 

研修会14:30〜16:30

    (1)ネパールの蚕糸業・高宮邦夫氏

    (2)インドネシアの蚕糸業・赤井弘氏

懇親会16:30〜18:00

ところ蚕糸会館6階会議室

[予告]第2回絹まつり ジャパンシルクセンター夏期特別セール

と き平成14年7月9日(火)〜11日(木) 10:00〜19:00

※詳細は次号でお知らせいたします。