第102号(平成14年7月1日)

「着心地」の時代

「日本のきもの十ぷらす」編集・発行人 清田のり子

 「着る立場で」きものの雑誌を始めたのが昭和42年、そのうちにきもの好きの読者がいろいろご意見をくださるようになり、そんな人たちを中心に「着る立場できものを考える会」をつくった。もう23年になる。会員もわたしも共に歳を重ねてきた。その間巷でのさりげないきもの姿はどんどん減っていった。30教年間にきもの業界の売り上げ点数は4分の1以下になった。

 ところがここ2〜3午、会員の平均年齢が若くなつた。「考える会」の活動をきものの専門誌で知り、30歳前後の人が数人入会してくださったからである。今では30歳台から70歳台までバラエティに富んだ年齢層が常時約20人ばかり、月に2回集まっている。これだけの年齢幅があると、きものに対する考えもずいぷん違うからおもしろい。

 従來のきもの需要層より若い会員はかえってきものを着ることへの関心が深い。彼女たちはいずれも昼間仕事を持っているが、夕方にはきもの姿に着替えて会場に現れる。業界ほお客が激減しているというが、若い人たちのきものを着ることへの関心は一部では高まつていることは確かである。ただし、彼女たちは従来の高級呉服店のお客さんではない。ここにキーポイントがあると思う。

 彼女たちは生まれたときからの洋服世代、母親も日常にあまりきものを着ていないはずである。若い頃からさまざまな洋服のファッションを採り入れてきて、もうあまり表面的な流行を追う気になれない。むしろ「着心地」や自分なりの着こなしにより関心を持ち始めたのである。

 今回、そうした人たちも含めて幅広い会員層の方々に、「絹」についての感想を聞いた。

 たいていの感想は「やわらかい」「肌に添う感触のよさ」である。なかでもお気に入りは絹の長襦袢という人が案外多い。商売上では大して金額が上がらないので下に着るものは軽んぜられがちで襦袢は合繊の方が手入れが簡単、と言う人もいるが、これは「着る立揚」での実感である。

 定年になったらきものを主とした生活をしようと決めて、4O歳代から縫い物を習い、わたしの雑誌も長く購読してくださっているYさんは「軽い、しわにならない、発色性がよい、かさばらない、汚れにくく落ちやすい、縫うのに肩が凝らない」などと体験的感想はいいことばかりである。

 長く和裁を教えてこられたK先生は「さまざまな素材を手がけたが、絹物はヘラを置きやすい、縫いやすい、アイロンで押さえやすい」

 琵琶湖の畔で草木染めをして紬を織っている人もいる。彼女は「糸に触れていると手が荒れない」「糸を染めているとき何度も叩いたり、水を通しているのに、どうしてきものになったら水洗いできないの?」と言う。

 絹の産地・福井で育ったKさんは大塚末子さんのお弟子さん、彼女は100歳で亡くなった父親のきものを解いて自分のものに縫い替えているが、「昔の生地は薄くて軽かった、撚りが少ないから、水洗いしても縮みにくい」とも言う。

 さて、30代会員の絹のイメージは?「高い」「自分で手入れができない」「合繊のきものは晴れようが擦れようが気にしないが、絹は気を遣う」などが共通したものである。彼女たちは周りの人から貰う以外、自ら絹のきものを買うことは出来ない、と言う。

 「洋服は絹でも自分で手洗いして半乾きの時アイロンで伸ばせる。」と洋服ときものの違いを指摘する人もある。

 これらの感想のほとんどは絹のパンフレットにある特性のとおり、「絹」の良さは実際に手に取り、肌に触れてみた人は皆よく知っている。

 紀元前から「絹」は王侯貴族のもの、麻のように誰でも身に付けられるものではなかった。絹の衣服が高価なのは当たり前、手入れは専門家に任せるものである、という通念であった。そのことは絹に限りない憧れを抱かせたが、逆効果にも働いているのではなかろうか?

 長所を備えた化・合繊の衣料が開発される一方で、麻・木綿・ウールなどの自然素材のよさが見直される咋今でもある。蚕の吐き出したしなやかな長繊維は繊細だから、擦れやすく、熱には弱い。だからそれを優しく扱ってやりたいと思う。

 しかし、きもの業界では衣料としての絹の価値は片隅に置かれていたようである。重めの方が高く売れるからと、やたら目方のある生地が流行したこともあった。敗戦から立ち上がった人たちは競って絹の「よそ行き」を買った。が、実用のきものはぐんと減った。第二次大戦後、日本人がきものを日常に着ていたらここまでの経済成長はなかったであろう。

 絹を過度に強いものに改良する必要はない。しかしその心地よさをもっと多くの人に身に付けてもらう方法はまだまだあると思う。きものを豪華な文様の盛装としてだけ着るのではなく、ちょっと贅沢だが着心地を楽しめる衣料とすることである。これは成熟社会の高度な衣生活文化と言える。

 かつてシルクの良さに限りなく近づきたいと開発きれた合繊は、今なお日進月歩で風合いや着心地を積極的に追求している。

 きもの棄界では最近、洗える絹の長襦袢も発売されているが、絹の着心地を多様に活かし、手入れの仕方などもより改善するよう努力してほしい。


野蚕糸利用の最近の動向

-今、野蚕糸が注目されている-

国際野蚕学会会長 赤井弘

 野蚕と言えば、日本の天蚕(ヤママユガ)、中国から輸入される柞蚕(サクサン)、さらに戦時中に国内の各地で飼育が奨励されたエリサン(ヒマサン)、等を想い起こす。中国から輸入される安い柞蚕糸を野蚕糸と思っている人達も少なくないであろう。

 最近、国際的に家蚕糸の価格が著しく低下し、養蚕や製糸を中止した国も各地に見られる。一方、日本では絹産業を持ちこたえるために野蚕糸を導入し、合糸や混織による製品の差別を図り、付加価値を高めるために野蚕糸に対する関心が高いと云われている。

野蚕糸とは

 家蚕以外にシルク素材として利用されている繭糸は、天蚕、柞蚕、エリサン、タサールサン、ならびにムガサンで、一般に産業ベースではこれらの糸を野蚕糸と考えている。しかし、立派な繭を作り糸がとれる繭糸虫は他にも多数知られている。これらの繭をシルク新素材として利活用しようという試みが、今、真剣に考えられている。表1に主な絹糸昆虫を挙げてみた。

野蚕はどんな繭をつくるのか

 野生の絹糸昆虫は多種多様で繭も変化に富んでいる。図1(@〜D)に5主の繭の写真を同一倍率で示した。@は最近の家蚕の黄色繭で家蚕としては普通の大きさの繭である。これと比較して、Aは最近話題になっているインドネシアの山野に自生するクリキュラの黄金繭である。繭の重さは家蚕の1/5〜1/10程度の網目状で薄い繭層の繭であるが、生産量の希少性と美しい黄金色の輝きから驚くほど高価である。

 Bの写真はアフリカ東部に分布するアゲマ(Argema)の繭で、外見は野性味に富むが典型的な多孔性繭糸からなり、特徴ある絹布が期待できよう。

 家蚕繭より大きい繭は多数知られているが、Cは中国産の柞蚕繭である。柞蚕繭は普通は淡褐色であるが、品種改良によって白色繭が育成されている。なお、柞蚕の品種は130種以上も育成され、柞蚕の間でも柞蚕糸の差別化が進められている。Dはインドのタサールサンの中で最も大型の繭をつくる品種の一つであるダバの繭である。繭重も家蚕繭の6〜7倍あり、繭糸繊度も著しく太く(12〜15d)、今後の太繊度素材として新製品の産出が期待されている。タサールサンにも地域種が多数あり、繭の大きさと繊度は多様である。

 写真には出していないが、アフリカのアナフェの繭は、ちょうど蜂の巣のように数百匹の幼虫が共同でラグビーボールのような巨大な繭巣を作り、軟らかい風合いの良い紬糸をつくることができ、このような未利用資源が数多く自然界に残されている。

多孔性シルクの効用

 さきに示した表1の中の、ヤママユガ科の絹糸昆虫がつくる繭糸は多孔性の糸であり、糸の断面を顕微鏡で見ると図2のような写真が撮れる。図2の1はタサールサン、2は家蚕の繭糸断面である。説明を加えるまでもなく、下図ような針金のような糸に対して上図はスポンジのような柔らかさや温湿度調節の可能な繊維素材であることが理解できよう。

 ヤママユガ科に属する繭をつくる虫たちは、種のレベルでも極めて多種に及び、繊度や多孔性の構造にも違いがあり、自然が創出した差別化されたシルク素材でもある。

家蚕糸と野蚕糸のハイブリッド

 大量生産、薄利多売の終わったわが国の絹業界は、付加価値の高い商品が適度に生産、消費される時代に入っている。今後、最も必要なのは、新素材の導入と高度技術に裏付けされた物作りであろう。

 野蚕シルク素材は数限りないほどの天然新素材であると云えよう。数年前に家蚕繭と天蚕繭を一緒に繰り糸し、ハイブリッド生糸を試作したが、素人でも分かる差別化された独特の風合いの糸であった。このような簡単な技法で野蚕糸の導入は幅広く新素材の創出を可能にすることできる。合化繊と家蚕糸のハイブリッドは付加価値を下げるが、野蚕糸とでは、明らかに付加価値の向上をもたらす。

海外においても野蚕糸に対する関心は日ごとに高まっているが、わが国の絹産業に対しても野蚕素材が今後の強力な支柱になることは確かであろう。

イベント情報

シルク博物館・夏休み特別企画展(横浜)
「親と子のカイコの自然科学教室」

★夏休みの期間に、蚕の生態観察、はた織り、糸繰り、まゆ人形作りなどの体験学習を通して、蚕や絹などとのふれあいを深めていただく企画展を行います。

とき

平成14年7月20日(土)〜8月18日(日)
午前9時〜午後4時30分
毎週月曜日休館

ところ

横浜市中区山下町1シルクセンター2階
045-641-0841
(入館は午後四時まで) 

主催

ジャパンシルクセンター 

後援

神奈川県教育委員会
横浜市教育委員会、他

主な展示

:珍しい蚕品種の飼育展示・簡易自動繰糸機の運転他、体験学習の実施(繭人形作り、他) 講演会・映画会 展示内容や入館料などの詳細は直接お問い合わせ下さい。