第103号(平成14年8月1日)

絹が支える文化、絹を支える文化

財団法人大日本蚕糸会 蚕業技術研究所所長 村上毅

はじめに

「蚕糸業は日本の伝統産業である」とか「絹は日本の文化と深く結びついている」と、よく云われます。蚕が我が国に伝来してから1700年以上の歴史を持っていますから、確かに伝統産業といえるでしょう。では、文化との関わりはどうでしょうか。

 着物は日本を代表する衣文化ですが、今日のように私たちの日常生活から縁遠くなってしまうと絹が文化を支えているという実感が薄れてしまいます。むしろ歌舞伎や能の衣装、琴の糸などに絹が用いられているという方が判り易いのかもしれません。ここでは、絹が支える文化と、絹を支える文化について考えてみたいと思います

絹が支える文化

 絹は古くから米と並んで税として上納されていました。しかし、庶民が絹を利用するようになるのは、ずっと後の江戸時代も中期以降のことで、その後幕府は何度も「奢侈禁止令」をだして、庶民が絹物を身につけることを禁じてきました。これは絹が庶民、とりわけ台頭する商人階級に普及にしてきたことを示すもので、絹の輸入に伴う金の流出を防ぐことを目的とするものでした。しかし、財力を得た商人階級は絹を使うことが禁じられれば裏地に絹を使うというような根強い抵抗を示します。絹はそれだけ優れた衣料素材として、すでに認められていたということです。

 この頃、各藩では貨幣経済の進展とともに財政が逼迫し、その立て直しが急務となっていました。そのため、殖産興業を目指し、漆や桑の栽培を奨励し、養蚕の振興につとめました、今でも全国各地に点在する絹織物産地の多くは、この頃に端を発したもので絹と衣文化の結びつきの始まりでもあります。繊細な美しさと優れた吸・放湿性を持ち、高温多湿な夏の衣料としての適性も備えた絹は、定型化された形に、紋様や柄、染色などによって個性を付与する着物と結びつくことによって一層洗練された文化を育ててきました。

 幅30cm余りの細長い布に柄をつけて、仕立て上げ、着用したとき一幅の絵になる着物は形を定型化することによって実現したもので、身体のサイズに合わせて裁断し、縫い合わせる洋服では不可能なことです。さらに長方形の布を縫い合わせて身体を包む着物は仕立直し、染直しなどによって再利用を可能にするもので、物を大切にし、利用し尽くす上で重要な特徴でもあります。絹が高価であればなおさらです。このような考え方は、絹と着物の間だけではなく、様々な物作りや技術にも影響を与えてきたと云えるのではないでしょうか。

蚕の誕生と東西文化の交流

 人類は長い歴史の中で、多くの動物や植物を飼い慣らし、栽培しながら改良してきました。絹を作る蚕も元は野生の虫だったのです。しかし、今の蚕は人の手を離れ、野生で生き残ることや、子孫を残すことができないまでに変えられています。この点は、牛や馬、稲や麦など多くの家畜や作物と比べて際立った蚕の特徴です。野生の虫から蚕が作られるまでには、おそらく千年単位の時間が必要だったはずです。蚕は長い時間をかけて、古代中国の大地に生きた人たちが創り出した虫です。古代中国では蚕を国外に持ち出すことを禁じていました。後に絹は中央アジアの砂漢を横切り、アジアとヨーロッパを結ぶ交易路(シルクロード)を東から西に流れる主要な商品となり、当時のヨーロッパでは等量の金と交換されたと伝えられているほど、美しく、魅力的な繊維だったのです。このように絹は、東西文化の交流にも大きく貢献し、中近東やヨーロッパの文物、文化は、我が国にも到達し影響を与えました。

 中国で生まれた蚕は、やがて周辺に広がり、熱帯アジア、日本、中近東からヨーロッパに伝えられました。

 我が国に伝来した蚕は、その後千数百年もの間、細々と飼い継がれ江戸時代中期に最初の発展期を迎えます。我が国で桑や蚕の品種が生まれるのはこの頃からです。さらに幕末から明治時代にかけ、絹は外貨獲得のための重要な産品となり、第二の発展期を迎えました。この時期には桑の品種、優れた品種を急速に増やすための増殖法や栽培技術をはじめ、蚕の品種改良、蚕種の製造や人工艀化法、飼育法や病気を防除するための技術など、新しい技術が次々に開発されています。明治時代には横浜港からの生糸輸出額が国家予算の50-80パーセントにも達し、近代国家目本の誕生を支えてきました。(次号につづく)


一第4回国課麗量掌含議宕終えて一

国際野蚕学会会長 赤井弘

 国際野蚕学会が1988年に結成され、第1回国際野蚕学会議が中国の藩陽で開催されてから4年ごとにこの会議は各国で開催されてきた。第2回が長野県の穂高町で、第3回がインドのブバネシュワル市開催され、今回は第4回に当たる。

 今回はインドネシアの古都であり文教都市でもある中部ジャワのジョグジャカルタ市で開催された。なぜ、インドネシアでこの種の国際会議が開催できたのか、を不思議に思う人が多いのではなかろうか。インドネシアはこれまでの開催国である中国、日本、インドに較べると、シルク産業は小さくこれまでに特筆すべきイベントも見当たらない。事の起こりは、穂高で開催された第2回国際野蚕学会議での発表や論議に刺激され、自国に生息する野生絹糸昆虫の利用を考えた出席者の帰国後の行動によるものであった。インドネシアのクリキュラ(黄金繭)とアタカス(ヨナクニサン)、ケニアのゴノメタ、アゲマ、アナフェなどは、その一例である。

クリキュラとアタカス

 クリキュラは果樹や街路樹の有名な害虫としてよく知られていたが、シルク利用のアイデアは皆無であった。しかし、美しい黄金色の繭を作るのでその利用を筆者らが提言し、地場産業化が始まり、黄金繭と呼ぶニックネームが産まれた。アタカスは沖縄のヨナクニサンと同種で、大型の繭を作ることは以前からよく知られていた。

 ジョグジャカルタでは、いま両種の繭と糸の利用による地場産業が芽生えたところで、生産量や品質については今後の問題であるが、新しい産業の創出ということで、広く希望をもたらしたものと云えよう。このことが今回の学会の開催に大きく貢献したことは事実である。現職や0Bの大臣が学会に参加し、特別講演をしたことも今後に期待したことの表れである。又、開催地のチェアーマンであったサリー王女(GRAJ.Nurmalitasari)の一方ならぬ尽力が、今回の会議を成功させた直接の原因でもあった。

学会は大成功であった

 まず、日本からの参加者が百名を越し、これまでの中国とインドの会議の二倍以上となる盛会であった。開催地のインドネシアからは、同会場で同時開催されたシルク展示会とリンクし数百名の参加があったと聞いている。シルク大国である中国とインドは、最初の予定より少ない参加人数であったが、その原因は経済的な問題であり、出席への意欲は共に熱烈であった。講演要旨やフルペーパーの送付数が多かったことはその裏付けでもある。

 さきにも述べたが、中央政府の大臣や高官が出席し、インドネシアの最も有名な大学であるガジャマダ大学の全面的協力、さらに、当地のロイヤルファミリーに全面的に支援されたことにより、国家的イベントと見なされるほどの大成功となったものと思われる。

成果と波及効果

 今回の国際学会の成果と今後に及ぼす波及効果は極めて大きいものと予測される。従来から野蚕といえば、天蚕、柞蚕、タサールサン、ムガサンが小規模産業として認知はされていたが、将来性はほとんど期待されていなかった。今回の学会では、アメリカシロヒトリのような害虫でしかなかったクリキュラがシルク産業に浮上し始めた事実を目の当たりにし"シルクの利用とは何か"を知った筈である。

 つぎに、各種野蚕商品を通して"大量生産、薄利多売"の時代の終わりと"付加価値と新素材の重要性"さらに"野生シルクの高い機能性"などに気付いたことと思われる。今学会は今後のシルク産業の方向性を示す効果的な会合でもあった。

国際交流の重要性

 今回の学会を等して新顔の野蚕として、アナフェ、ゴノメタ、クリキュラ、アタカスな、ど、多数の利用可能な絹糸昆虫とそのシルクが紹介された。それらはまだ一部ではあるが、彼らの持つ機能性が解明され始めている。生息環境の厳しいところに生活圏を持つものほど特殊な、また高い機能性を持つことも判り始めている。これら機能性の利用開発には、国際交流、特に共同研究が極めて重要になってくる。

 まず、現地における生息絹糸昆虫のファーミングと地場産業化には計画性のある国際交流が必要であり、わが国の研究者や技術者に対する期待は大である。今回の学会は、この面においても現状の把握、人間関係の樹立など重要な問題を進展させ、無形の収穫も少なくなっかたと云える。なお、家蚕も含めた幅広いシルクの国際交流が期待されるところである。

イ ベ ン ト 情 報

桜岡民枝ニット作品展

■日時:9月9日(月)-9月14日(土) 午前10時-午後6時

■場所:ジャパンシルクセンター

■協賛:Resin FRP工芸 漆畑元好

■主催:アトリエT・S工房

日本絹の里 第9回企画展 シルク最前線

今回の企画展では、養蚕農家、製糸、絹糸業者の連携により開発製品化された最先端のぐんまシルクを紹介するとともに、「群馬の生糸」を原料としたテキスタイルデザインによる新しいシルクを展示します。

■日時:9月13日(金)-11月17日(日)

    午前9時30分-午後5時(入館午後4時30分まで)

■場所:日本絹の里群馬県群馬郡群馬町犬字金古888-1

    TEL027-360-6300

JA全農「秋のシルクコレクション」

JA全農養蚕対策宝では、日頃シルク製品をご愛頭いただいている皆様に当会オリジナルブランドシルク商品を特別の価格でご提供いたします。またこ秋冬物の魅カある新商品を多数取りそろえて、ご奉仕いたします。

■日時:10月8日(火)-10月10日(木) 午前10時-午後6時

■場所:ジャパンシルクセンター

■主催:全国農業協同組合連合会(JA全農)