第107号(平成14年12月1日)

「伝続工芸ふれあい広場・おきなわ」
と沖縄の伝統絹織物

駒沢女子短期大学元講師 水出通男

「2002伝続工芸ふれあい広場・おきなわ」の開催

 平成14年度「2002伝続工芸ふれあい広場・おきなわ」が11月7〜1O日に沖縄県宜野湾市の沖縄コンベンションセンター大展示場で開かれました。

 これは(財)伝統的工芸品産業振興協会(以下伝産協会と略します)が、わが国が世界に誇る伝統的工芸品産業の振興をはかるため、毎年2月末に東京の東京ドームシティ・プリズムホールで「全国伝統的工芸品まつり」を実施するとともに、消費者により身近に伝統的工芸品に接して貰うため、11月中句に全国の主要都市に場所を変えて「伝統工芸ふれあい広場」を開催してきているもので、沖縄県では本土復帰20周年を記念して平成4年に開かれたのに続いて2度目の開催となりましたが、今回は今年が30周年の節目に当ることから特別に招致されたものと聞いております。

「伝続的工芸品」と「ふれあい広場」

 伝統的工芸品とは「伝統的工芸品産業に関する法律」に基づいて、日常生活の用に供されているもののうち、伝統的な技法と天然の原材料を用い、主として手工業的に生産され、美術的価値が高く、ほぼ百年以上にわたって消費者に広く愛用されてきているもので、経済産業大臣から指定を受けたものに限られている呼称です。

 こような厳しい要件を満たす伝統的工芸品の製造には、これも国から認定された伝統工芸士など熟練した職人さんが必要であることはいうまでも無く、伝統技法や伝統的原材料の扱いの習得に10年、20年を要するものが少なくありません。近年、機械化を柱とする近代化・合理化が進展し、子弟の高学歴化が進む中で、各産地とも職人さんの後継者難に悩み、製品の質の低下も危倶されるようになりました。そのため、伝産協会は「伝統工芸ふれあい広場」の中で全国の伝統的工芸品を展示してその素晴らしさを鑑賞して貰うとともに、製作実演やチャレンジコーナー・ミニシンポジウムなどを通じて参観者に伝統的工芸品に対する理解を深めて頂くこととし、開催地の近隣の小申学校にも課外授業として参加を呼び掛けてきました。

 伝統的工芸品には織物のほか、染色品、組紐・刺繍、陶磁器、漆器、木工品・竹製品、金工品、仏壇・仏具、和紙、文具、諸工芸品、伝統的工芸材料・用具などがあり、現在192品目が指定を受けておりますが、これらの中では織物が最も多く32品目で、染色品や組紐・刺繍を加えると47品目に達して繊維製品が全体のほぼ1/4を占めております。このような繊維製品のうち、主として絹糸または絹織物を原料とするものは37品目を数えますが、その他にも扇子や人形、仏具・提灯などにも絹を用いるものが多くあり、絹はわが国の伝統的工芸品の代表的存在ということができようかと思います。

 そのため、伝産協会は特に絹の伝統的工芸品の紹介に力を入れて絹の各産地に参加を呼び掛け、広い会場の最も目立つ部分で絹織物や絹の染色品の展示・製作実演を行ってきました。

 しかし、このような展示・実演で参観者が直接目にするものは加工された絹糸とそれを使う加工工程や製品で、絹の光沢や色調の美しさ、手触りの素晴らしさなどを評価することはできますが、使われている絹糸がどのような過程を経て作られてきたものかを知る人は少なく、絹そのものの機能・特徴の根源を知る人は皆無に近いのが実情です。

 そのため、日本絹業協会は毎回協賛団体としてこの催しに特別に参加し、絹製品の原糸である生糸の製造過程を実演によって説明するとともに、展示物やパンフレットの配布等を通じて絹蛋白質の機能や国産絹製品の特徴をPRしてきました。

沖縄の伝統絹織物

 沖縄には古くから南方諸国や中国との交易・人の交流などを通じて、織物・陶器・漆器などの製品やその技法が伝わってきましたが、沖縄の人々は気侯風土などの地域特性に合わせてそれらの技法に独自の工夫を加え、沖縄固有の数々の工芸品を作り出してきました。このような工芸品は内地に伝わり、「沖縄は伝統の宝庫」といわれるほど珍重されました。太平洋戦争によりこれらの工芸品とそれを作る技法のほとんどは消滅してしまいましたが、戦後関係者の熱意により見事に復活しました。県は数多くの工芸品や技術を件の無形文化財に指定するなどして、それらの技術の保存・継承と振興を図っております。

 このような沖縄の工芸品の中で、先に述べたような国の指定を受けている伝統的工芸品は繊維製品や陶器・木工品など13品目で、京都府の17品目に次いで2番目に多く、現在も国内有数の伝統的工芸品産地ということができます。この伝統的工芸品のうち、繊維製品では絹糸を主な原糸とする琉球絣・首里織・読谷山花織・久米島紬・与那国織・琉球びんがたなど6品目(ほかに宮古上布・読谷山ミンサー・八重山ミンサー・八重山上布・喜如嘉芭蕉布など、麻糸・綿糸・芭蕉糸を主原料とするもの5品目)ありますが、これらのうち、先に日本絹業協会が作成した冊子「日本の絹・伝統の染めと織り」で採録できたのは久米島紬だけでしたので、ここに改めてそれらの製法と特徴について概要を紹介しておきたいと思います。

 琉球緋:南方系の緋を母体とし、沖縄の気侯風土に合わせ、て独自の技巧が加えられた耕織物。琉球王府時代から伝わる「御絵図帳」を基にした600種に及ぶ多種多様な幾何学模様が特徴。久留米絣・米沢琉球絣・伊予絣などのルーツといわれる。元来、綿絣が主であったが、現在は絹絣が大半で、生糸・玉糸・真綿紬糸を用い、「絵図」、「真心」、「手くくり」または「手摺り込み」によって植物染料の染色を施し、「手投杼」を用いて織り上げた先染めの平織物。主な用途は着尺地・帯地など。

 首里織:琉球王朝の古都として栄えた首里で、南方諸国や中国の影響を受けながら織られてきた首里花倉織・首里花織・首里道屯織・首里絣・首里ミンサー・花織手巾・煮綛草蕉布など紋織から絣まで多様に織られる製品の総称で、ミンサーと芭蕉布以外の製品はいずれも生糸・玉糸・真綿紬糸などを主な原料とし、「手くくり」した絹糸を植物染料で染色して使用する。

 首里花倉織は王家の后・王女が着用した夏衣で、花織と紹織・紗織を市松または菱形模様に織ったもの。首里花織は官位の高い士族の衣服といわれ、経浮花織・緯浮花織・両面浮花織・手花織などの紋織。首里道屯織は平織地の中に部分的に糸の密度を濃くして織り上げたもので、古くは男物官衣として使用された。首里絣は先染めの平織物で、経緯縞の中に絣の入った「手縞」、経縞の中に絣柄を配列した「綾の中」のほか、経緯絣に沖縄独特の手法を加えて織った「読取切」などがある。

 これらの琉球織は種類別に様々な用途に供せられるが、首里花倉織・首里花織・首里道屯織・首里絣などは琉球王府の衣服の格調を伝え、主として着尺地・帯地に用いられている。

 読谷山花識:琉球王府による大交易時代の南蛮交易により、ブータンから伝来したと伝えられる花織布を基に、独白の技巧を加えて織られてきたもので、王府と読谷以外のものは着用できなっかたものといわれる。明治中期以降生産は途絶えていたが、昭和39年に復活した。植物染料で染めた先染め糸の平織りの紋織物で、花綜絖で紋模様を浮かせた緯綜絖花織・経綜絖花織、両面使用できる両面花織、手綜絖で織りながら色糸をさしていく手花織の4種がある。紋様は赤・黄・緑などの多彩な色糸で銭花・風車・扇花を基本形とする30種余の幾何学模様の花柄で表わす。用途は着尺地のほかテーブルセンター・ネクタイ・袋物など。

 与那国織:起源は定かでないが、15世紀末とする記録がある。与那国織は与那国ドュウダティ(縞織物)、与那国花織(紋織物)、与那国カガンヌブー(うね織物)、与那国シタディ(手巾・紋織物)の4種の織物の総称で、いずれもインド藍など天然の植物染料で先染めした絹糸を主な原料としている。与那国ドュウダティは絣糸を手くくりによって染色し手投杼で織り上げた平織物、与那国カガンヌブーは同様な手法で織り上げたうね織物、与那国花織と与那国シタディはともに花綜絖で紋様を表した平織物である。生産量は多くないが、着尺地・帯地・飾布などに用いられる。

 久米島紬:久米島では15世紀に中国より養蚕技術が導入されて生糸や紬糸が生産されるようになり、それより先に南蛮貿易により伝えられたインド系の絣織物の製法を基に、日本最古の紬絣織物の技法が創られた。この製品と技法は沖縄本島・奄美大島を経て本土に伝わり各地の紬織物の原型となった。経糸に生糸、緯糸に真綿紬糸を用い、絣糸は手くくりにより天然の草木・泥土・明礬で染色し、手投杼で平織りにしたものである。他の紬産地と異なり、一貫した手作業を一人の織子が行うことにより織子の思い入れがこもっているといわれ、着尺地のほか袋物など和装小物にも用途を広げている。

 琉球びんがた:15世紀に始まる沖縄唯一の伝統的染物である。技法によって型付き(型染め)と糊引き(筒引き)とに分かれる。絹織物をはじめとする各種織物に、顔料や植物染料で染める色鮮やかな紅型と、琉球藍の浸染めによる藍型とがある。いずれも図柄は紅型模様を基調とし、型付きは「付彫り」した型紙を用いて手作業によって柄あわせをする。また、糊引きは糊袋を用い、色挿し・擦り込み・隈取り・地染め及び他の模様染めは筆・刷毛を用いて行うなど、すべて手作業によって染色されるものである。沖縄を代表する華麗な染色物で、着尺地・帯地などのほか飾布としても広く使用されている。

2002伝続工芸ふれあい広場・おきなわ

 冒頭でも述べたように、「伝統工芸ふれあい広場」が去る11月7-1O日の4日問にわたって開催され、会場内では全国各地から出展された伝統的工芸品と、部門別の「広場」ではそれぞれの工芸品の製作実演が行われました。

 絹製品関係では「織の広場」で結城紬・西陣織・久米島紬・首里織など6品目の製作実演と17品目の製品展示が、「染の広場」では琉球びんがた・京鹿の子絞・京黒紋付染など3品目の染色実演と5品目の製品展示があったほか、それぞれの広場の中には参観者が直接工芸品の製作を体験するチャレンジコーナーも設けられておりました。また、会場の中央の伝統工芸品頒布フェアでは展示・即売が行われ、絹製品では20数品目の製品が出展されておりました。

 このような催しと同時に、敷地内の別棟(会議棟・劇場)では伝統工芸士会作品展、ファッションショー・シンポジウム等が、また、隣接する宜野湾市体育館では沖縄県伝統工芸品フェアが開催されたこともあり、会期中は終日参観者で賑わいました。

 日本絹業協会はこの「伝統工芸ふれあい広場」に参加して、会場内の「織の広場」に「繭から生糸まで」のブースで、展示パネルと繭・生糸・絹製品の展示、小型繰糸機・座繰機による繰糸の実演等を通じて、蚕の育種・品種と養蚕、繭と製糸、絹加工と製品などの説明を行うとともに、絹蛋白質や絹製品の機能・性能一と新しい用途などについて宣伝に努めました。

 沖縄県は上述のように古くからの伝統的な絹織物産地で、参観者の中には絹糸以降の加工について深い知識を持つものが多く、絹糸の太さの規格や扱い方、絹の長所・欠点などについて鋭い質問を受けました。

 しかし、絹糸となるまでの工程について知るものは少なく、煮繭・索緒・繰糸の実演には興味を示して、煮繭からの緒の出し方・繭糸の強さ・太さ・長さや切断の有無等についての質問も多く受けました。

 特に今年初めて農業生物資源研究所生活資源開発研究チーム(岡谷)から借用した手廻しの座繰り機の実演は好評で、容易に糸繰りを体験できることから学童達は座繰り機の把手を奪い合い、繰糸の実演現場は大変混雑しました。また、米軍基地の多い土地柄ゆえ外国人の参観者も多く、絹製品の素材である繭・生糸に強い関心を示し、特に繭から繭糸が解れだすさまを見て蚕が作った繭の神秘性に驚嘆しておりました。外国人たちはこのような体験を通じて絹に関する認識を新たにしたようで、日本絹の宣伝にも役立ったように思われます。

 最後に、来年度は富山市での開催が予定されております。どなたも自由に参加することができ(入場無料)、会場では居ながらにして全国の伝統工芸士の技と作品に接することができます。例年、開催地の物産品の即売会等もありますので、観光を兼ねて読者の多数の方々が参加されるようお勧めします。

イベント情報

第14回繭タラフトコンテスト

全国の養蚕婦人が丹精こめて作り上げた作品です。
是非、ご覧ください。

日時平成15年1月11日(土)〜26日(日)
   但し14日(火)20日(月)は休館

場所横浜シルク博物館・イベントホール
   横浜市中区山下町1番

主催全国農業協同組合連合会

後援農林水産省、農畜産業振興事業団、
   大日本蚕糸会 他

編集協力:農林水産省特産振興課/農畜産業振興事業団