第60号(平成10年11月15日)

シルクに新風が愛媛から

奥伊予の生糸

愛媛県農産園芸課池上正彦

古くからの特殊用途の生糸産地「野村町」

愛媛県東宇和郡野村町は、松山から南へJRで40分の卯之町駅で降り、さらに車で20分ほど高知県境へ進んだ山間地の町です。愛知は伊予八藩といって昔から小藩に分かれて統治され、峠を越えると言葉づかいも気質も違う風土があります。この野村地域は南には伊達宇和島藩と北には徳川親藩松山藩に挟まれた地域でもあります。この地域では昔から養蚕や製糸のほか酪農が町の中心的な産業であり、進取の気性に富む地域であります。

野村町シルク博物館

産出される生糸の質は硬く、帯地に向いた産地として京都西陣との深いつながりもあったようです。一時期、思うような糸づくりが出来ない時もありましたが、新生糸「あけぼの、新あけぼの」にも取り組み、糸へのこだわりは常にありました。ただ、ここで言うこだわりとは、器械製糸と機屋との間であり、工業製品の規格のうえでのこだわりの意味です。
当然、織物の生産ラインの過程でロスが出ない合理化の成果と言えます。加えて、製糸工場の閉鎖後、繭生産だけになってみると糸質とは何かという疑問に明快に答える所がなくなりました。しかし、織物づくりを通じて生糸の糸質は何かと真剣に考える志村氏(野村町絹素材研究所長)の登場により状況は変化しています。織物づくりの工程は細かく分業化し専門化していて、少し離れた他工程や業種については相手の状況や事情がよく把握されないことがあります。ですが、物づくりとしては一定の基準でつながっています。その基準がもっと多様ではないかというのが志村氏です。織物産地と呼ばれる京都などは、芸術の粋を集め伝統に培われた高度な技術がありまが、素材につての目や認識が希薄なようです。明治以前の織物の研究でもしていない限り無理からぬことで、自動繰糸機で作った生糸以外の特性はわかりません。たまたま、自分が望む糸に出会っても、継続して手に入れられなければ製品化無理です。野村が提案しているのは、日本だけではなく世界の絹織物の所蔵と研究を通じて、復元や改良した多様な品質の生糸素材を提供することであり、少量多品質の生糸つくり織物産地での作品作りをお手伝いすることです。

新しいモノづくりと『塩蔵生糸』の誕生

ちょうど今、塩蔵の繭を多条繰糸機で作った糸の織物適性を調べています。さなぎはまるで漬け物のように小さく縮小し、水分が繭の外へ滲みでて溜っていますが、不思議に繭質に悪い影響は与えていません。生糸は漬けている時間に応じて、染織性や硬さが異なります。
 その他の特性としては、セリシン層が多く残るため撚糸の必要がなく四角い生糸が作れるので、織った際のズレが無く薄手で弾力のある織物づくりが可能です。この糸は消費者に新しい提案のできる織物づくりに、お手伝いができると考えております。ただし、このお手伝いには条件があります。すなわち、農家が今後とも養蚕を続けていけるような環境づくりに参加していただくことです。
 今、養蚕をやっている人は、損得抜きで養蚕が好きな人たちです。国の努力はあるものの、市場は国内養蚕の存続にはNOという方向に進んでいます。
 野村に来て、見て、モノづくりについて語り、その環境作りにどうか変われるかを考えてみて下さい。
 川島甚衛氏の織物への熱意を受け継ぐ川島織物織物は、良き理解者として当初から野村の地を訪ねてくれています。

 

新しいモノづくりへの試み・織物技術者の養成

 また、町では織物づくりに対する素材の提供の他に、織物技術者の養成にも取り組んでいます。全国には、自分を表現する手段として織物作りを考えている若い女性が沢山います。高学歴化や多彩な専門学校はあるのですが、そこから先の工房作家までの道筋がありません。基礎の勉強はできても、自らの創意と工夫でモノづくりが出来るまでを指導する所が無いのが現状です。その役割を担うため、全国公募をして毎年10人程度を受け入れています。一年間、自費で山深い里に生活して学ぶわけですが、毎年、驚くほどの応募がありすでに織物作家として活躍する人も生まれています。町ではできるだけ多くの人の希望を叶えたいとの思いで、受け入れ体制の拡大を検討中です。

 

新しいモノづくり拠点「シルク博物館」

こうした取り組みの総合的な拠点が、シルク博物館です。博物館ですからもちろん種々の絹織物を収集・所蔵し養蚕製糸等の展示も行っていますが、染織文化の里作りの活動の拠点が正確な位置付けです。つまり生きた博物館なのです。ですから観光客が体験的に織物をしてみる施設ではありませんし、ただの陳列館でもありません。来場される方の思いに応じた対応が期待出来ると思います。

一度、野村町へ起こし下さい。


シルク文化を考える

野村町絹素材研究所長 志村 明

経済の伸長と生糸文化
 歴史から見た生糸産業

日本の養蚕業は、日本の近代化と歩調を合わせて隆盛と衰退を経てきました。絹の文化ははるか昔から日本文化とともに歩んできており、産業としての養蚕とは別に、今後も継承されていくに違いありません。
 ここで少し養蚕業の歴史を振り返ってみますと、19世紀の半ば、日本は欧米列強の軍事的威嚇に対し、鎖国政策を廃棄し開国の要求を受け入れました。以後、国産生糸は主要な輸出品として扱われるようになり、当時の国際情勢も幸いして多いに発展を遂げております。ヨーロッパにおける微粒子病の大発生、中国では阿片戦争の混乱から立ち直りの遅れによる生産の低迷などがそれです。
 さらに、日本はアジアで最初の近代化への道を歩みはじめ、同時に養蚕・製糸業が産業化されて興隆の一途をたどり、七十年後の昭和初期には

生糸を紡ぐ実習生

糸輸出量はピークを迎えるに至ります。その後、敗戦により養蚕業の壊滅が危惧されたものの、朝鮮戦争による特需や世界的な経済再建にあわせて生糸は国内消費が高まり始め、輸出産業から国内需要を充たす産業として再出発しました。昭和40年代後半からは生糸消費の伸びは輸入を必要とするまでになり、皮肉にもこのことが国際化の中で国内養蚕業、製糸業の衰退の遠因となってしまいました。
 この百四十年ほどのほどの歴史の大きな変化の中で、養蚕・製糸業は生き延びてきましたが、今、産業としての使命を終えようとしています。時を同じくして日本経済は景気の低迷に直面し、絹織物業界も生き残りに戦々恐々となり正に打つ手なしといった状況です。もちろん景気は良いのに越したことはないのですが、このままで絹に携わる人たちは良いのでしょうか。

大量生産は良質の絹を遠ざける?

古今、様の東西を問わず文化を支えるのは経済でしたが、経済もまた文化によって支えられています。衣食たって礼節を知ると言いますが、人類学の分野では人間は、礼節のために衣食を調えようとした裸のサルであり、衣食の足りたサルが人間になったわけではないと言われています。しかし、明治以降の絹をめぐる産業化の流れは、量の拡大であって質の拡大ではありませんでした。スケールメリットと合理化を先兵として質的文化の側面は、非経済的なものとして評価されない傾向が今も続いています。
 野村町シルク博物館所蔵の「紅地固綾幸菱文様袿」「御用織精好裂本」「有職裂貼交帳」「白地浮織幸菱文様小袖」などの染織品を見ると、なぜ二百年前にこのような美しい作品が作れたのだろうかと感動を覚えます。また、中国の春秋戦国時代から清朝末期までの長い歴史の中には、好調な経済のもとで大量生産を行い見るべき織物の少ない時代もあり、また驚嘆すべき作品が随所に生まれている時代もあり、その歴史の深さには敬服してしまいます。
 こうした優れた作品に共通していることは何でしょうか。それはあらゆる加工や織りの技術が駆使されていても、織物に絹の本性が失われていないところです。
 ここで言う絹の本性とは、生物であるが故に絹が持つ多様性、自由さ、精緻さであり、これを損なうことなく織物に加工されている点が感動を呼ぶのです。この絹の本性が見えるか見えないかは、匠の目とでも呼ぶのでしょうか。昔の人は経験と観察からこの絹の本性を見極めものごとの意義を会得し、自由に応用しえる精神のさとゆとりを持っていたと言えるでしょう。

生糸に未来はある

現在の日本の絹を取巻く状況は、養蚕・製糸が明治の近代化とともに量産への道を走りはじめ興隆の後、近代化の洗礼を終えてちょうど明示以前の元に戻ったわけです。絹織物産業もこの同じ道を歩んでいます。
 絹に関わり生き残っていくうえで、明治以前の物づくりの心に帰り本物は何かと言うことを考え、本物の良さを求め、良い織物に隠れた絹の本性を見る目を養っていただきたいと思います。その目を持つことが織物に携わる人の豊かさに繋がります。このことが、生糸・蚕を作る人の絶えることにも危うさを感じていただけるでしょう。
 日本の養蚕の灯を野村に残そうとしている私たちの気持ちも、理解していただけると思います。


好評98シルクフェア

株式会社松坂屋上野店販売促進部

本年も9月8日(火)より約一か月半にわたり、関東百貨店協会主催の「やさしさはシルクです'98シルクフェア」が、東京・千葉・埼玉・神奈川・茨城・山梨の百貨店20社43店舗で開催されました。
 今回のメイン会場は松坂屋上野店で、さる9月17日(木)〜9月22日(火)の日程で、「繭クラフトの製作実演」「つむぎ車による糸紡ぎの実演」と銅谷志郎氏の「きものおしゃれトークときものオークション」などのイベントが行われました。

メイン会場松坂屋上野店

連日多くのお客様が見え、盛況のうちに終了できました。
 なお、本催事の実施にあたりましてご後援をいただきました、農林水産省、通商産業省、繊維産業構造改善事業協会、農畜産業振興事業団の各団体と、ご協賛の社団法人日本絹人繊織物工業会、社団法人日本絹業協会には厚く御礼申し上げます。


イベント情報

 

☆第62回グランマルシェ

◎日時12月7日(月)〜10日(木)午前11時〜午後6時30分(毎日)

◎会場丸ノ内仲通りジャパンシルクセンター

東京都千代田区有楽町1−9−4蚕糸会館1階

03−3215−1212

シルクのスカーフからインナー、ブラウスなど色々なシルク製品をお手頃な価格で豊富に品揃えをいたしております。