第78号(平成12年7月1日)

発行: 社団法人日本絹業協会・ジャパンシルクセンター

火種を絶やすまい

国際農業交流・食糧支援基金会長 吉岡 裕

 今年はミレニアム、20世紀最後の年ですが、前世紀のミレニアムは1900年、明治33年です。この100年間に起きたわが国蚕糸絹業の盛衰は、まことに劇的なものであります。明治時代に始まったわが国蚕糸業の発展は、やがて世界の生糸市場を制覇しますが、太平洋戦争を経て、今日のような縮小された産業になりました。このように一国の巨大な産業が100年の間に繁栄の絶頂をきわめ、その後急速に衰微した事例は珍しいのではないでしょうか。われわれ蚕糸局OBが、20世紀校半の日本蚕糸・絹業の頂点期を経験できたことは、個人の人生として大いなる幸いと申すべきでしょう。 このように歴史的な意義をもつ巨大な産業が、かくも見事に衰退した理由はなにか。その経緯を辿る日本蚕糸業・絹業の正史が、是非とも大日本蚕糸会などの中央機関によって残されることを期待します。これによって、後世に多くの教訓が残されることになりましょう。日本の蚕糸・絹業は、いま息絶え絶えのように見えますが、しかし火種はまだちゃんと残っています。やがて風が吹けば、森林火災くらいは起こるかもしれません。この火種を絶やさないことがが、今の現役の人達に求められることではないでしょうか。

 私は30年も前に、農林省から岩手県庁に出向した縁で、盛岡のちょっと北にある滝沢村の一角に、盛岡の南の旧都南村で壊して捨てられる南部曲り家を貰いうけて移築し、今日まで維持してきました。この曲り家は、春から秋の終りまでの生活空間としては絶妙であり、私ども夫婦の後半生にとって掛け替えのないものでありました。近所には長野県飯田の谷から入植した集落があり、最近まで桑の栽培を見ることができました。200年も経ったこの曲り家の構造は頑丈で、大工の手を煩わすことはまずありませんが、茅葺きの屋根の維持が最大の問題です。年中住んで火を燃すことの出来ない私どもの場合、あちこちで苔が生え、腐ってきます。そのときは差し茅をします。

 私どもの場合、近辺の玉山村に住む茅葺き棟梁が時々点検し、補修してくれました。また茅(ススキ)は、棟梁の近所や隣地からどうにか入手できました。ところが、この棟梁も70歳を越え、引退が近づきました。そうなると、盛岡周辺に茅葺き職人が一人もいなくなり、伝統的茅葺き技術が消滅することがわかりました。そうなると、私の場合はもちろん、博物館その他公的施設の茅葺き民家まで茅葺き屋根の維持は困難になりましょう。こうして岩手から独特の伝統的茅葺き技術が途絶え、美しい茅葺き民家が消えるのは、大げさに言えば日本文化の大損失でしょう。そうしないためには何をすればよいか。まず村中の結いで守ってきた茅の供給と茅葺き職人の養成雇用のために新しいシステムをつくることです。今私はそのための草の根運動を始めています。マスコミや個人の同調者も現れ、農村景観の維持、農村伝統文化の伝承といった分野への公的支援を要請しています。

 私個人の曲り家は、近い将来村に寄付し、近所の農家婦人グループに管理してもらい、婦人や老人、子供の集会、研修、宿泊施設にする案を実現したいと考えています。その場合、小学生たちにはぜひ桑摘みや養蚕をやってほしいし、婦人には座繰りや機織をやってほしい。指導は、先日の地域開拓記念日の懇親会でしゃべった近所の開拓一世の老人など、先生には事欠かない。

 こうして、蚕糸絹業の火種を少しでも地方に残したいと思うのは、やはり若いとき、蚕糸絹業の最盛期に一時身を置いた、蚕糸局OBの一人としての思い入れからかもしれません。

南部曲がり家の屋根の葺き替え

    

微生物に由来する青紫色素と絹染色への利用

       蚕糸・昆虫農業技術研究所 機能開発部プロセス工学研究室 加藤 弘  

 蚕糸・昆虫農業技術研究所では昆虫が産生する中から有用物質を探索して、その機能性・特性を解明することによって、新しい素材の作出と利用に関する研究を実施している。

 昆虫産生物のうち有用物質として様々なものが考えられるが、その一つとして天然色素がある。天然色素は合成染料に比べて明度の高い色が得にくいが、自然の味わいを持った渋みのある独得の色調に染まることから、伝統工芸染色や愛好家に広く使用されている。天然色素は最近の研究から、(1)抗酸化作用、抗菌性のあること(色繭に含まれる緑色素)、(2)繊維害虫に食害されない(昆虫色素で染色した羊毛)などの機能性効果が見出され、注目されている。そこで本稿では微生物が産生した青紫色素の利用研究について、次稿ではラックダイ虫から採取された赤紫色素で染色した羊毛製品の食害抑制について述べる。

 多湿条件下に置かれた屑繭や屑絹糸、廃羊毛に微生物が繁殖し、青色に変色汚染することがある。この現象は古くから知られていて、着色原因が微生物であるとされていたが、青紫色素がナイロン、アセテート、絹など多くの繊維を染めることができることまで明らかにされていなかった。そこで汚染糸から微生物を分離し、その色素生成菌が生産する青紫色素を抽出と得られた色素で繊維を染色する加工技術を開発した。

(1)色素生成菌の分離

 汚染糸から各種培地を用いて青紫色素を生産する細菌の分離を試みたところ、2〜3日後には黄色や灰白色の細菌コロニ−が数多く形成されたが、青紫色は集落は見られなかった。しかし、1週間ほど観察を続けたところ、一部の培地上に青紫色の小さな集落が出現し、これが色素生成菌であった。

(2)細菌の色素生産条件

 色素の生産性は培地によって異なり、培地の生産性の高い順に並べると、1.ジャガイモ半合成培地(脇本培地),2.繭糸煎汁培地,3.キングB培地およびペプトン培地,4.ジャガイモ・スクーロス培地であった。色素の生産性を液体培地を用いた振とう培養と固体培地で比較すると、固い培地の方が優れ、集菌および色素の抽出も液体培地に比べ容易であった。

(3)色素生成菌の同定

 細菌学的性質と比較した結果、分離細菌はJanthinobacterium lividumの性質と一致した。

(4)有機溶媒での抽出と染色

 色素の抽出性はテトラヒドフランが最も優れ、次いでメタノールであった。アセトン、酢酸エチルやエーテルではあまり抽出されず、水ではほとんど抽出されなかった。抽出して風乾した色素をいろいろな有機溶媒に溶かした。その溶液に絹布および木綿布を浸漬し、溶液中での染色性を調べた。その結果、メタノールとエタノール溶液中でよく染色された。そこで細菌の集落をメタノールで抽出し、その抽出液に直接布を浸したところ、布は鮮やかな青紫色に染色された。このことから、メタノールは色素を菌体から抽出するが、布へは吸着させる性質を有しており、抽出および染色を同時に行える溶媒であると判断された。

(5)青紫色素の単離と構造

 抽出液は減圧濃縮後、逆相の高速液体クロマトグラフィーで分画して再結晶を行い、青 紫色素2成分を単離した。単離した2成分について各種機器分析を行い化学構造を検討した。青紫色素2成分はViolacein(分子量343)とDioxyviolacein(分子量327)であると同定された。

(6)青紫色素の染色法

 抽出色素は水に不溶であるので、いくつかの方法で検討した。その結果、抽出液を用いる方法と菌体を用いる方法が実用的であった。抽出液染色法は、染色がきわめて簡単で、布をメタノール抽出液に半日浸潰し、水洗、陰干しの3工程だけでよい。菌体染色法は、寒天倍地ごと菌体を鍋に移し、水を加えて煮沸する。90〜80℃になった液に布を3分間浸漬して染色し、水洗、陰干しする。最も染まりやすい繊維はナイロンで、次いでアセテート、ビニロン、絹、綿であり、色調は繊維の材質によって多少異なり、天然繊維は青紫色に、ナイロンは紺色に、アセテートは紫色に染色される。また、染色液中の色素濃度と 浸漬時間を調節することによって、淡い空色から、藤色、青紫色、紺色まで染め分けることができる。

表1微生物青紫色素で染色した絹布の染色堅牢度

(7)染色物の堅牢度

 本色素で染色した絹布についてJIS規格に基づいて染色堅牢度を調べた。堅牢度は概ね草木染め程度であったが、日光染色堅ろう度がJIS1級以下であり、太 陽光線に曝されると青紫色がすぐに退色してしまう。

(8)日光堅ろう度の改善

 光に対する不安定性であるため実用に供することは難しいと判断された。そこで日光堅ろう度向上について研究した結果、青紫染色物をチオ尿素溶液中で処理を施すと、光退色挙動が著しく抑制されることがわかった。日光染色堅牢度が1級以下から、2級若しくは3級程度に向上し、染色物は変色することもない。

(9)チオ尿素処理

 光退色抑制効果は染色物上へのチオ尿素の付着によって発現するために水洗すればその効果は失われる。

ただし繊維製品着用後、水洗、チオ尿素溶液処理するトリートメント方式によって、実用的には長期間にわたって光退色を抑制することが可能である。

図1チオ尿素溶液処理による光退職抑制効果
I微生物色素の利用

 紫色系の天然色素としてはアクキ貝から採取される貝紫が有名だが、きわめて高価で、大量生産も困難であるのに対して、本色素は微生物の培養によって大量に得られるなど、衣服類の染色剤としての今後の利用が期待される。


本場大島紬について その2

鹿児島県大島紬指導センター 染色化学研究室 室長 仁科勝海

最近の研究成果より

(1)デザイン・絣締システムを利用した新製品開発

 従来の絣製法は限られた大きさの模様を反物上に繰り返して展開する方法で、図柄が制約されることが欠点ともいえる。

 平成6年から8年に掛けて開発したデザイン・絣締システムは、図柄制約を解消するとともに、これまで時間的、コスト的に困難とされた付下げ柄など複雑な大島紬を製造可能にした画期的なシステムであります。

 このシステムを利用した新しい柄展開の大島紬を製品化することにより産地商品の構成分野拡大を図り販売促進につなげます。

(2)自動摺込み染色装置の開発(絣染色の高度化に関する研究)平成8年度に開発した自動摺込み染色装置の特長である高品質

 染色技術及び小ロット生産技術を活かした商品開発能力を高めるために周辺技術の充実化を図る。絣染色時の色決め技術を高めるため,当該染色機が有するCG機能において、染色により得られる色彩情報を付加することにより製織後の絣配色のシミュレーション化を行い、消費者の嗜好に沿った製品開発ができる絣染色技術を確立した。また、既存装置では困難であった経絣糸の円滑な染色ができる巻き取り装置の改良を行った。

(3)泥染大島紬の色落ち防止処理方法 (特許第2665656号-先染絹織物の品質向上処理方法=仁科勝海)

 奄美地方に伝わる伝統的な染色方法である泥染染色は,シャリンバイと自然の泥田で染色するという一種の草木染であり、大島紬の持つ渋い光沢と柔らかい風合、そして上品で着やすいという特徴をもたらしています。

 しかし、耐光堅牢度や洗濯、汗堅牢度等は非常に良好である反面、その染色機構上,摩擦に弱いという難点があり、これまでも加工条件や着用条件、保管条件によって色落ちがあり、帯が汚れた等の苦情が寄せられた例がありました。対応策として、これまでも染色技術の向上や改善はもちろんのこと、いろいろな面から検討、研究がなされてきているが、風合を損なうことなく色落ちを防止する技術は確立されて  いなかったというのが現状であります。このような現状の下、当センターで、絹フィブロインを利用する事により、泥染大島紬の風合を損なうことなく色落ちを格段に防止できる処理方法を開発しました。

センターで開発した大島紬

(4)画像処理技術を応用した先染め繊維製品のデザイン開発技術の研究

 画像処理技術を応用し、多様な柄合わせが可能な「大島紬ビジュアルプレゼンテーションシステム(OTVPS)」を開発しました。このOTVPSは、絣図案を作成する「絣システム」と開発したデザインデータをもとに「つむぎシステム」で着姿としてシミュレーションができるようにするものです。従来困難ときれてきた背縫い・脇縫いを実寸大にプリントアウトすることによって最適な図柄合わせができるようになりました。

 


 

 

 イベント情報 

「カイコの飼育体験教室」

主 催

群馬県立日本絹の里
(申込・お問い合わせ027-360-6300)

カイコの生体や絹について理解を深めるとともに
「シルクうちわ」の作り方などを解説します。

開催月日

7月22・23日

参加費

300円

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熊田千佳慕の昆虫絵展と
親と子のかいこの自然科学教室

主 催

シルク博物館(横浜)

・熊田千佳慕の昆虫絵の展示
・体験学習(糸繰り実習他)
・講演会(かいこの飼い方他)
・映画会

会 期

平成12年 7月21日(火)〜 8月1 8日(日)
休館日 毎週月曜日

体験学習の時間や内容の詳細は、
直接お問い合わせ下さい。

場 所

シルク博物館・特設会場

横浜市中区山下町1
シルクセンタービル地下1階

※申込み・お問合せ先:シルク博物館
 電話045−641−0841


 編集協力: 農林水産省畑作振興課、農畜産業振興事業団