第84号(平成13年1月1日)

発行: 社団法人日本絹業協会・ジャパンシルクセンター

新世紀の絹文化に期待する

社団法人日本絹業協会 会長 吉國 隆

 新年明けましておめでとうございます。いよいよ21世紀のスタートです。

社団法人日本絹業協会 会長 吉國 隆

 20世紀は、科学技術の進歩とわが国社会の近代化が進んだ時期でした。新しい世紀は、もう少し身の回りの文化を見つめなおして大切にする時代になってほしいと思います。

 絹・絹製品について勉強すればするほど、それが歴史の生んだ偉大な文化的遺産であることを実感せずにはおれません。蚕が吐き出した細い単純な繊維をもとに、さまざまな糸の仕立て方、織り方、染め方を使い分けて千変万化の風合いや紋様をもった生地を作り出す技術は長い歴史の蓄積あってこそのものといえます。日本の「きもの」は、まさにその代表であるといっても過言でないでしょう。

 最近、私も新しいきもの一式を取り揃えました。きものと羽織の生地は西陣製の「お召し」ですが、「お召し」は、女性のきもの地の「ちりめん」と同じように強撚糸を使って織るそうで、どっしりとした質感があり、表面の細かい凹凸によってツヤ消しになっていて、われながらその風合いと渋さが気に入っています。「お召し」の名はその昔殿様がお召しになったことに由来するそうですが、それがわれわれ庶民の手に入るものになったのは、誠にありがたい世の中です。

 きものは、また、日本人の美的感覚とも深く結びついていることはいうまでもありません。きもの地のツヤ消しは、おそらく「わびさび」文化とつながっているものでしょう。先日、群馬県在住の「江戸小紋」の大家藍田正雄氏の作品を中心とする展示会を見せていただきましたが、武士の裃などの装飾に用いられたのが始まりという「江戸小紋」は遠目には無地の色に見える細かい線描を連ねた染めもので、その渋さはまさに「わびさび」の典型であると思いました。

 女性のハレ着と縁の深い友禅染めも、単に華麗さだけでなく独特の渋さに粋を求める世界といってよいのではないでしょうか。各地で発達した絣や紬などの伝統的織物の文化も、必ずしも絹とは限りませんが、貴重な歴史的遺産です。

 こうしてみてくると、きものはわが国の伝統文化そのものであるといえます。男のきもの着付けのポイントは角帯の結び方だと思いますが、角帯も非常によく出来ていて、私の博多帯はキュッと絹鳴りしてよく締まり、その上素晴らしい地模様が浮き出ていて、それ自身伝統技術のカタマリであると思い至りました。これのお蔭で、長時間着ていても殆ど着崩れを心配することがなく、行動も思ったほど制約を受けることはありません。

 また、着ていて窮屈に感じることはまったくなく、寒さ暑さもそんなに感じないのは、まさに絹ならではの有り難さです。それでいてこれを身につけると心がピシッと引き締まって、いかにも自分が日本男児になったような快感を味わうことができます。

 洋装品に用いられる絹も伝統技術の上に最新の技術を加えてさまざまな糸や織り方が生まれ、新しい染織やデザインが発展して多様な世界を作り出しています。

 絹と化繊を組み合わせた糸や織物もいろいろな種類が出てきました。先般、福島県川俣のニット業界の展示を拝見させてもらったとき、同県の工業試験場で開発されたニット用の新しい絹素材の説明を受けました。それは、水溶性の化繊の芯糸に絹糸を巻き付けて後で芯糸を溶かすというものでした。ハイブリッドシルクもそうですが、実にさまざまな方法で新しい糸が生み出されています。

 先日、東京ビッグサイトで開かれた繊維業界8団体の主催による「ジャパンクリエーション」の絹の部でも、化繊との組み合わせのものを含めて実に豊富な織物の種類が有り、また、丹後などの絹織物の産地でこれら新しい織物に挑戦している人々が多いことを知って驚きました。

 天然繊維としての絹の優れた特性に伝統文化の素晴らしさや最新の科学技術が加わって、21世紀には一層華やかに絹文化が発展するものと期待しております。

 そして、これらの絹製品との緊密な連携の下に、我が国の伝統文化を守るためにも欠かすことのできない我が国蚕糸業の新しい存立の道が拓けてくることを念じずにはおられません。


生活者と共に歩む新しい蚕糸技術の開発

蚕糸・昆虫農業技術研究所所長 井上 元

1 はじめに

 21世紀を迎えましたが、日本は高度に発達し経済的にも恵まれた社会となっています。このレベルに到達する過程には蚕糸業が大きく貢献してきました。そして、今日、蚕糸技術は自動繰糸機によって高速で繭から糸を繰るなど大変効率化しています。しかし、このような経済効率追求の一方では、明治以降日本で独自に開発された優れた興味ある蚕糸技術・が埋没していきました。21世紀には、これらの興味ある技術や開発の精神を活用して、新しい価値の創造が期待できます。

2 21世紀の価値観

 21世紀は「生命の世紀」とも「環境の世紀」とも呼称されています。既に60億を越えた世界の人口は21世紀半ばには100億人に到達すると予測され、食料の確保、資源の開発と有効活用、環境保全など対処していかなければならない問題が多々あります。そして、太陽の恵みのもとで生み出され再利用が可能な資源である天然繊維の持つ意義が、21世紀には高く評価されることでしょう。

 世界的にみても豊かな生活水準にある日本の社会は、高齢化と少子化が進み、21世紀の価値観は「快適性」や「生きがい」、「暮らしと命の安心と安全」 にあると言われています。このような社会において、肌に優しく、環境にも優しい絹の新しい役割を強く認識して、私たちは蚕糸技術の開発を行っています。

3 行幸啓と蚕糸技術開発の紹介

 平成12牢12月に天皇皇后両陛下を私たちの研究所にお迎えしました。皇后陛下は自ら小石丸と呼ばれるカイコを皇居内で飼育されていますので、養蚕振興に熱き想いをお持ちです。その情熱に応えるべく、幾つかの研究を紹介しました。新しいタイプの絹織物素材の開発のほかに、絹を生活資材や医療・工業素材に活用すること、カイコを工場にみたて医薬品など人間に有用な物質を大量生産する昆虫工場技術などでしたが、以下にその概要を簡単に説明いたします。

 1)新しい絹織物素材

<1>まずガラ紡糸の開発があります。明治6年に日本人が綿から糸を紡ぐ「ガラ紡」 と呼称される簡易な紡績機を開発しました。

 写真はそのミニチュア装置ですが、この装置と遺伝資源として保存されている綿蚕(わたこ)がつくるボカ繭を組み合わせて紡ぐ紡績糸は、暖かみのある手作り感豊かなブラウスなどを製造できます。地場産業と

して活用できますが、この技術の展示が各地の蚕糸記念館や社会福祉センターなどでも行われれば、織物愛好者に利用していただくことも可能です。このような特殊なカイコを農家のご婦人方に丁寧に飼育していただき、農家と愛好者が生活者という輪で結ばれた形で中山間地の農村振興に貢献できるものと思っています。

ガラ紡績機とその糸でつくったブラウス

<2>もう一つは高級な絹織物ジャパンブランドシルクの開発です。長野冬期オリンピックの年に育成された「はくぎん」というカイコの繭糸は、太さが従来の半分と極細です。そのため、しなやかな14デニールの絹糸などを容易に製造できます。この糸で研究者は5円玉の穴をしなやかにすり抜けるようなスカーフを作りたいと望んでいます。数十年前ですが著名なデザイナーの森英恵さんは、しなやかで腰が強くふんわりとした暖かみのある絹素材を求めています。また、明治40年頃には御法川直三郎さんが低速多条繰糸機を発明しており、その低速で作られる生糸はアメリカなどで一世を風靡しました。これからはデザイナーなど絹利用者の意見をとり入れて繰糸方法や織り技術などを工夫し、皆で力を合わせて、はくぎんの繭から世界に誇れる超高級な絹織物を作出していきたいと思っています。

 2)生活資材への利用

 2,000粒の繭から一斉に低速で繰糸すると、得られた糸は弾力性に富んでいて、布団綿などに利用されています。また、100粒程度の繭から繰糸しながらランプシェードを作る技術も完成しています。

シルクの生活資材
ランプシェードとブラン類など

 3)絹のフィルムと微粉末

 絹糸を溶かしてフィルムとし、その上で人の表皮細胞を育てると成長がとても良いのです。絹が肌に優しいといわれる証左かもしれません。そこでこのフィルムを創傷被覆材として利用するべく開発が進められています。また、絹糸を粉砕して5マイクロメータの微粉末にすると手触り感が良いので、絹粉末を合成ポリマーと混合してボールペンや時計のコーティング材に利用されています。さらに、1マイクロメータの超徴粉末にすると、肌へののりが素晴らしいので、絹100%のファンデーションとして商品化されています。

 4)未来の絹新素材

 最近、遺伝子工学の手法によって、カイコの染色体に他生物の遺伝子を組み込むことに成功しました。およそ10年後が目標となりますが、クヌギなどを食して繭を作る天蚕の絹遺伝子をカイコに挿入して、天蚕とカイコの絹を合いの子とした新素材を作出したいとバイオテクノロジーの研究を進めています。

この他にも、人工飼料での大量飼育が可能なカイコの体内で人間に役立つ医薬品を作る研究が進められています。   

2000粒の繭から直接繰り糸した布団綿
この糸はシルクウェーブと呼ばれている

4 おわりに

 研究の一端を紹介しましたが、今後とも生活者と連携して、古来から親しまれている絹に新しい価値を付与して、豊かな生活に心の潤いを彩っていきたいと思っています。

イベント情報


ハイブリッド絹展’01

::会 期::

2月13日(火)14:00〜17:00  
14(水)15日(木)10:00〜17:00

::会 場::

東京・有楽町「蚕糸会館」6階 

::主 催::

シルク開発センター 
(お問い合せ・FAX 03-3364-0469、藤田)

後 援::

農林水産省、日本絹人繊織物工業会、
全日本婦人子供服工業組合連合会、
東京婦人子供服工業組合 

::協 力::

農畜産業振興事業団、
蚕糸・昆虫農業技術研究所、
蚕糸科学研究所、
県の繊維工業試験場、蚕業センター等

編集協力:農林水産省畑作振興課/農畜産業振興事業団