第88号(平成13年5月1日)
発行: 社団法人日本絹業協会・ジャパンシルクセンター

日本シルク学会へと新たな出発

日本シルク学会会長  勝野盛夫

 製糸絹研究会は平成13年4月1日より[日本シルク学会]として、名実ともに新たな出発を迎えることになりました。生糸は戦前戦後を通じて日本経済の主翼とも言うべき産業であり、特に戦後の壊滅的な状況下では経済再建の重責を担っていました。1938年にナイロンが出現したことと、戦争の影響などで生糸の独占的消費分野であった婦人靴下は、このナイロンに殆ど浸蝕されました。しかしながらこの状況下にも拘らず、昭和25年頃には生糸は4万8千俵、絹織物は4千万ヤール余の輸出があり、日本の輸出不振の中で大いに気を吐いていました。しかし、化合繊のこれからの可能性を考え、また、製糸業の健全なる発展を期すには生産性を伴う高級優良生糸生産技術の確立が必要でした。

日本シルク学会会長の勝野盛夫氏

 昭和26年5月、農林省・日本製糸協会・製糸絹繊維研究連絡会の共同主催で第1回製糸絹繊維研究発表会を横浜生糸検査所で開催しました。主旨は全国に散在す製糸絹研究機関や工場実務担当者および機械メーカーが一堂に会して、学術・技術の交流の場として相互の活性化を図り、先端理論や開発されつつある機械や技術を速やかに現場に導入して、製糸業・絹業の発展促進を図ることでありました。発表や聴講は全くの自由参加で、会員は出席者をもって構成する運営で活気ある活動をして参りました。その間、製糸絹研究連絡会(昭和36年)製糸絹研究会(昭和39年)と名称は変わりましたが、一貫して創設の趣旨を帯びて来ました。研究報告も抄録集から講演集録へと充実され、編集委員会(昭和39年)が設けられ体制も整えられて来ました。

 自動繰糸機をはじめとする日本の製糸技術の世界に冠たる輝かしい技術のほとんどが、この研究会を通してのものであり、当研究会を発信地とした固有の技術や理論は直ちに現場に導入され、業界を発展させ常に世界の手本となってきたのを見ても、研究会の果たした役割は極めて大きいものがあります。

 しかしながら、近年蚕糸絹業を取り巻く諸情勢は、御案内の通り誠に厳しい状況にあります。当研究会が設立されて50年になります。この長い歴史の間には幾多の難関に直面して参りましたが、その都度会員の研究者や工場・機械メーカー実務者の研究開発及び技術をもって、乗り越えて参りました。今日の危機的状況こそこの研究会に寄せる期待は大きいものがあります。

 蚕糸絹業は世界に先駆け固有技術を開発し産業を発展させてきた日本でも数少ない産業であり、その科学、技術は常に世界の手本となってきました。このように長年にわたり諸先輩の築いてきた道を一層高め、日本蚕糸絹業の再建に貢献する技術革新のいまほど望まれているときはないと思われます。

 平成4年には製糸絹研究会は会員制度をとり、会費をもって運営にあたっています。会員は平成12年度現在で295名、企業賛助会員13社であります。口頭発表のみの製糸絹研究発表集録は研究論文と研究口頭発表を記載した製糸絹研究会誌となり、開催場所は創立以来40年間開催してきました横浜生糸検査所(現 独立行政法人 農林水産省比技術センター 横浜センター)より蚕糸科学研究所に移りました。

 平成5年には日本学術会議登録団体となり学会として新たな出発点に立ちました。平成8年から、製糸・絹加工・絹タンパク利用等に関する優れた技術研究に対し、製糸絹研究会賞を贈呈し表彰を行なっております。最近の発表会では、韓国、中国からの論文、および研究発表があり国際的な様相を呈して参りました。このように当研究会が今日のように発展してきたのも、会員各位の熱意はもとより、創立以来本会を経済的に支えて頂いた日本製糸協会、創立以来長きにわたり運営にお世話頂いた横浜農林水産消費技術センター、現在ご尽力頂いている蚕糸科学研究所には深く感謝申し上げる次第です。

 製糸絹研究会は製糸工程理論および製糸機械の開発・生産技術など、製糸技術が中心で発表課題もこれらに関連したものが多かった。近年、蚕糸絹業の諸情勢は大きな変革の時を迎えており、当研究会の発表課題も業界の背景に応じて高級化・多様化に対応する差別化繭の製糸技術、絹新素材の開発,細繊度の高級ブランド、蚕糸分野で産出するバイオマス利用、機能性食品、医療素材、化粧品、またそれらの素材となり得る生理活性物質等絹新規用途の研究発表が多くなりました。

 創立から50年を迎え製糸絹研究会創立の主旨を帯し、また現在を取り巻く諸情勢を踏まえ、製糸技術はもとよりテキスタイル・アパレル・医療・食品分野等シルクに関わる研究者および担当者の広い範囲の方々が参加できる研究会を考え、平成13年4月1日より製糸絹研究会は[日本シルク学会]へと脱皮いたします。

 日本シルク学会は、繭・生糸・シルク・絹タンパクその他絹に関わる方々の発表および交流の場にしたいと考えております。ぜひ当学会に入会頂き、各分野における会員の革新的な技術研究、特に業界の実務担当者の積極的な発表を期待するものであります。

   日本シルク学会事務局(担当常任委員 清水重人)

   〒169-0073 東京都新宿区百人町3-25-1 
   (財)大日本蚕糸会蚕糸科学研究所内
   TEL 03-3368-4891 FAX 03-3362-6210

   会費(年額)個人会員2,000円、賛助会員5,000円


国際宇宙ステーションへのカイコ卵の搭載に向けて

 京都工芸繊維大学・繊維学部 応用生物学科・教授 古澤寿治

1.カイコの卵を国際宇宙ステーションに搭載する目的

 1986年より地上約 400kmを周回していたロシアの宇宙ステーション・ミールが老朽化のため 2001年3月23日南太平洋上に落下、洋上廃棄された。この間、ミールは地球を86,821周したという。それまで、ミールには宇宙飛行士が滞在生活を送っていたため、ミールへの物資輸送とクルー交代のためアメリカのスペースシャトルが打ち上げられていた。同時に、シャトルには生物実験や材料実験が行えるスペースハブ(宇宙実験室)が備え付けられ、毛利宇宙飛行士や向井宇宙飛行士がシャトル内で数々の実験を行ってきました。例えば、メダカが無重力の環境で正常に交尾、産卵し、卵内での胚の発育も正常に進み、孵化することはよく知られています。また、ショウジョウバエを用いた実験からは、突然変異が宇宙放射線と無重力との相乗効果によって引き起こされるとも云われています。

 これらの実験に引き続き、1997年5月、私たちの研究グループによって約 7,000個の卵がスペースシャトル・アトランブィスに搭載され、打ち上げられました。シャトル飛行中に卵が受けた宇宙放射線量と、これらの卵から孵化した幼虫の奇形発生との関連をみるためです。この実験で明らかにされたことは、メダカの発生とは異なり、微小重力環境ではカイコの胚発生が正常に進行しにくいことでした。

 また地上では見られない奇形が約 0.4%発生したが、シャトルを利用した宇宙実験の期間は約9日間と短く、この間の放射線量は健かで、奇形発生との関連は明確に認めることが出来ませんでした。

 しかし、国際宇宙ステーションでは宇宙飛行士が約6カ月滞在します。この間における宇宙飛行士が被曝する放射線の量は約200mSv(ミリシーベルト)と見積もられていますが、250mSvの放射線を大人が1回全身照射を受けてもほとんど臨床的症状が起こらないと云われています。しかし、宇宙では地上とは異なる放射線が太陽フレアや銀河から飛来してきますので、生物に対してどのような影響があるのか今のところ全く分かりません。このため、2006年に実際にカイコの卵を国際宇宙ステーションに6カ月滞在させ長期にわたる低線量被曝と突然変異との関連を確実にする予定ですが、予め地上で予備的な実験を行うことによって、宇宙ステーションにカイコの卵を滞在させた場合の結果を推定しています。これまでの結果は以下の通りです。

2.長期の低線量被曝をカイコの卵を使って突然変異を検出

 カイコの体色を黒くする黒縞優性遺伝子と白くする劣性遺伝子を持つヘテロ接合体の休眠卵に、宇宙放射線と類似の性質をもった荷電加速炭素粒子を放射線医学総合研究所の重粒子線がん治療装置(HIMAC)で照射しました。黒縞優性遺伝子を持つ幼虫は黒色の皮膚ですが、放射線を照射した卵から孵化した幼虫を飼育すると黒い皮膚に白い斑点が見られました。これは、遺伝子が放射線によって損傷を受けたためです。

 この変異個体数は被曝線量に比例して増え、また卵内で吸収される放射線のエネルギーや放射線の強さを大きくすると突然変異の発生率が増えました。すなわち、カイコ休眠卵を用いることによって、この変異個体数の出現率から放射線量と体細胞突然変異率との関係を求めることが可能となったのです。

3.無重力状態でカイコは営繭するか

 カイコの繭糸には蔗糖を分解する酵素が含まれています。この活性は、立体空間で自由な行動によって吐糸した繭と、平面上で強制的に吐糸させた平面繭との間で異なり、前者よりも後者で低いのです。この原因は、立体空間では吐糸直前のカイコが重力に対し反対方向に働くのに対し、平面ではその行動がとれないため、吐いた糸に含まれる酵素活性の高低に反映されたためでしょう。

 そこで、営繭直前のカイコに重力変化を与えるため、カイコを模擬微小重力装置(写真)にセットしました。この装置は、回転蔟に熟蚕を入れ一定の速度で水平と垂直にそれぞれ回転させる装置を想像して下さい。地上では常に地球の中心に向かって重力が働いているので、垂直回転では一定速度で回転させると、垂直上向きの遠心力と垂直下向きの重力が相殺され、カイコに重力変化を与えることができます。この方法で、重力変化を発生させた状態の下でカイコの営繭行動を地上で調べることが可能です。その結果、重力を変化させてもカイコは品種固有の繭型を造るのですが、繭糸の蔗糖分解酵素の活性は、静止した蔟での繭毛羽の酵素活性に比べ 水平、垂直回転の順で活性が低下しました。すなわち、重力の変化を与えると毛羽や繭糸に含まれる酵素活性が低下するのです。

模擬微小重力装置

 また、繭糸はセリシンとフイブロインの一種で構成されていますが、フィブロイン蛋白質は結晶領域と非結晶領域から成っています。そして、垂直回転区での重力変化はフィブロインの非結晶領域に乱れを生じさせることも明らかになっています。

 これらの結果は、重力変化によって営繭時の吐糸行動が影響を受けるため、繭糸の性質が変ることを示しています。

4.まとめ

 私たちの研究グループは、カイコの遺伝形質と、卵期の休眠が3ケ月も続く特徴を利用して、宇宙での長期にわたる宇宙放射線被曝がどのような生物影響を与えるか、その評価の方法をつくろうとしています。宇宙放射線が、卵内の胚の黒縞遺伝子をヒットすると、黒い皮膚に白斑を持ったカイコが現れます。

 この方法によって、低い線量やエネルギーの放射線による被曝と生物影響との関係を国際宇宙ステーションへのカイコ卵搭載に向けてより詳しく検討しています。

 一方、微小重力環境でのカイコの営繭行動は、地上(1G)のそれとは異なることが予想されます。今回の実験結果から微小重力環境では絹糸蛋白質の性質を改変させることが可能でしょう。また、地球上の生物種は地球上で重力に依存して進化してきました。重力方向とは反対に行動する成熟幼虫の営繭行動を微小重力下で解析することによって、生物の行動と重力の関係の謎も解明できると考えています。


イベント情報

「手作り真綿の講習会」

 古くから日本の養蚕農家では生糸の製造に適していない玉繭や出出殻繭などのくず繭を使って真綿を作ってきました。真綿は軽くて保温が良いため、防寒用やふとんの中綿、夜具地の引き綿として使われたり、紬糸の原料となり、家族の着物などに大切に利用され、日本人の生活に役立ち、また現在では高級紬織物の大切な原料となっています。
 シルク博物館ではこの真綿作りの貴重な技術を次の世代に伝えるため、「手作り真綿の講習会」を開催いたします。

主 催シルク博物館

後 援日本真綿協会

日 時平成13年6月 9日(土)14日(木)15日(金)
    16日(土)21日(木)22日(金)23日(上)
    28日(木)29日(金)30日(土)     
    午前10時〜午後3時

会 場シルク博物館
    〒231‐0023 
    横浜市中区山下町1番地(シルクセンター2階)
    TEL045−641‐08417

講 師元神奈川県蚕糸検査場 技師 難波ハマ氏

申込方法など 申込先:シルク博物館(同上)
        参加人員:各回6名(先着順)

群馬のシルクロード展

〜生糸貿易の始まりと蚕糸・絹業の発展〜

日 時7月16日まで現在開催中(火曜休館)

場 所日本絹の里 群馬県群馬郡群馬町金古888-1

お問い合せ先027-360-6300日本絹の里

編集協力:農林水産省畑作振興課/農畜産業振興事業団